同棲する男の熱愛報道 週刊誌へのタレ込みを画策する裏切られたワタシ

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-03-09 06:00
投稿日:2024-03-09 06:00

【中野の女・久我真弓34歳 #3】

 34歳の真弓は若手映画監督のマサキ(34)と交際している派遣社員。交際は10年以上、マサキとの結婚を夢見ている真弓だが、仕事で駆け出しの彼からは全くその話が出てこない。そんな中、家に帰ると女性の靴が玄関にあり…。【前回はこちら、初回はこちら

  ◇  ◇  ◇

 マサキが中野の家を出て行ってから、2週間が経った。

 大安と一粒万倍日が重なった日の婚約宣言からも1週間。メディアは彼らへの祝福の声で一色となっていた。

 真弓はなんとか仕事に行くことはできているが、いまだテレビもネットも見ることができない。

――私って、何だったんだろう。

 世界に、まるでいなかったかのようにされている。

 一般女性、だから仕方がない。影響力ある芸術を産み出すことも、目を惹くような美しい容姿もない。

 だけど、ちゃんと、ここにいるのに。

彼を選んだのは、自分の判断だけど…

「ニュース見たよ、大丈夫?」

 報道があった、次の週末。優華が家を訪ねてきてくれた。

 彼女は何度も連絡をくれていたが、真弓はポップアップされるニュースが怖くて、スマホ自体を開くことができていなかったのだ。

「大丈夫じゃない…」

「そりゃそうだよね」

「私、これから何のために生きていくのか、よくわからないんだ」

 力なくつぶやく真弓の手を、優華は強く握った。放っておくと何をしでかすかわからない、そんな心配が伝わった。

「12年一緒にいて、尽くさせて、20代を捧げたのに簡単に捨てるなんて…。自分勝手すぎるよ。ひどい男」

 優華は真弓の愚痴に付き合う中で段々とヒートアップしていく。ついには一方的にマサキを非難し出した。だが、真弓にとっては耳が痛かった。

 そんな彼を選んだのは、自分の判断なのだ。

 マサキが批判されるのは、その選択をした自分が非難されるということ。

「彼のお嫁さんになる」夢が潰えて…

 沈んでいるのは、単に、『彼のお嫁さんになれなかった』という夢が叶わなかった失望、それだけだ。

 映画監督として大成する彼の隣にいたかった。

 誰もが憧れる存在の、誰も知らない姿を知る唯一の存在になりたかった。

 もう、できないことだろうけど。

 きっと、マサキは今回の件で名が知られ、さらに躍進することになるのだろう。彼の才能なら名前さえ売れて自分の映画を作ることができれば、レッドカーペットを歩くのも時間の問題だ。

 だけどもうその姿を、何かを隔てた場所からでしか見ることはできない。

「つまり、私は重かったってこと。嫌になっても仕方ないよね」

「タレ込み」という選択肢

 真弓は声を震わせ、優華をなだめる。だが、彼女の鼻息はさらに荒くなった。

「だけど! 私はね、真弓が彼の中でなかったことにされるのが許せないワケ! ひとりの女の人生を狂わせて、平然と幸せになるなんて」

 全面的に同意はできないが、納得はできる。

 亡きものにされた、彼にとって自分はなくてもいい存在だったのかと思うと、胸が締めつけられた。

「そうだけど…」

「タレ込むなら、協力するよ! 私、悪者になってもいいし」

 優華は真弓をじっと見つめた。

「タレ込む?」

 スキャンダルの記事でよく出る“知人女性”の存在を真弓は初めて認識した。

週刊誌へのリーク寸前、真弓が知った彼の衝撃事実

 そして、真弓は空虚となった時間と心を埋めるかのごとく動き出す。

 仕事の退勤後、そして休日は、LINEのキャプチャを撮ったり、プレゼントされたもの、一緒に写った写真や同じ住所の住民票などを集めた。

 週刊誌にリークすべく、彼と過ごした時間を可視化させる作業に費やす。これらをまとめて優華に送れば、伝手を通じてゴシップ誌に持ち込んでくれるという。

「町田ユキと婚約した映画監督・藤島正樹の裏切り! 事実婚女性が激白」

 そんな見出しを夢想しながら、真弓はほくそ笑む。

 相手の女が悲しむとか、マサキのキャリアにマイナスイメージがつくとか、そんなことは頭の中になかった。

 ただまっすぐに、彼の世界に自分が存在していたことを証明したかった。それは、他人から強い恨みを持たれようと、大切にしたいことだった。

 真弓は久々に自宅のパソコンを立ち上げた。それはマサキがかつて自分にプレゼントしてくれたものだ。

 パスワードは彼の誕生日である。胸の痛みに耐えながら、真弓は出会いから別れに至るまでの記録を作成すべく、wordを開く。これは証拠品に添付するものだ。

「あ、また…」

 いつもの癖でYahoo!を開いてしまい、TOPに町田ユキという文字が目についた。

 目を逸らして作業を開始するも、やはり気になって指が動く。開いた瞬間、その見出しに真弓は目を疑った。

『町田ユキの婚約者、業界引退を宣言』

彼の夢も終わったんだ

 記事には、インスタを通して発表されたという彼のコメントが転載されていた。

『私、藤島正樹は、町田ユキさんとの結婚を機に、映画業界から去る決意をいたしました。彼女と出会い、存在としての才能の塊を目の当たりにすることで、自分の役割とは何かと考えるようになりました――』

 今後はマネジメント業に従事する傍ら、かねてから興味のあった飲食業に参入するべく、勉強を始めるのだという。

 別れを告げられた時よりも、ショックを受ける自分がいた。

 飲食業に興味があったとは初耳である。それ以上に、マサキがずっと携わってきた仕事や夢を捨てることが信じられなかった。

――どういうこと?

 しかし、ふと。真弓は彼からの別れの時に言われた言葉を思い出す。

 成功を願い、待ち続ける真弓を裏切ったことについて、彼はこう告げた。

 ――「わかっていたからこそ、なんだよ」――

 最近の彼の仕事は助監督か、深夜ドラマの演出を単発で担当する程度であった。何気ない映画やドラマの話もなぜか避けられていた。

 きっと彼は、この業界での限界を感じていたのだろう。逃げ込んだ先があの女だったのかもしれない。

魔法が溶けたような感覚

“彼が映画監督の夢を諦める。”

 事実を理解したとたん、かかっていた魔法が溶けたような感覚に陥った。

 心が、すっと軽くなっている。

――私、マサキの成功した未来も含めて好きだっただけなのかな。

 何もない、一般女性である自分を補うものとして、彼を利用していただけ。

 業界で活動する、才能あるアーティストを支える自分に酔っていただけ。

 ネットニュースや掲示板を眺める余裕も出てきた。しばらくすると、彼に与えられた『町田ユキの婚約者』という肩書きがダサく見えてきた。

 なんて軽薄な自分。おかしくて、ふふふと声が漏れ出た。

 真弓は12年間の思い出を、ホームシュレッダーにかける。明日ゴミに出せば、灰になってこの世から何もなくなるだろう。

 そのまま部屋探しのサイトを開く。

――引越したら、転職でもしようかな。結婚の予定もなくなったしね。

 真弓の未来は真っ白だった。

 だけど、将来を彼に委ねていた頃よりも、何通りもの明るい道が開けていた。

――Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


猫飼う40独女が準備する「防災グッズ」元カレのアレと被災した親の経験談が沁みる…
 9月1日は「防災の日」でした。地震や台風などに対する不安が高まっている今、災害に備えていますか? 私は、しなきゃしなき...
40代“子育て女”キャリア再形成に苦戦中。専業主婦→パートを経たその先のハードルが高すぎる
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方などをテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  最近、フ...
簡単!秋におすすめのアロマと桃尻・股関節・ふくらはぎ・内ももの鍛え方【調香師がチャート別に解説】
 適度な運動で汗をかくと健康になるのはもちろん、達成感で幸福ホルモンが刺激され、心や肌にも潤いを与えます。今回は、フェロ...
祝“たまたま”2nd写真集発売!「神表紙」の魅惑ポーズの裏側に迫る
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
水の中の緑のカーテン
 水底に沈んで  上を見上げているつもりになって  涼んでみる
「阿婆擦れ」は“当て字”。もともと男性にも使われていた
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
目指すは我が家でホムパ! プ~ンと漂う家の臭いの根源と3つのテッパン対処法
 自分の家の玄関を開けてふわっと嫌な臭いがした時、本当に凹みますよね。  わが家の臭いには、慣れてしまいがち。他人に気...
天使レベルの美にゃんから、やんちゃ盛りまで! 癒しの“たまたま”9連発
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 8月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまた...
子ども同士のLINEトラブル。「私たち友達じゃない」「えっ」日常のやり取りに3つの地雷が潜んでいた!
 今や、スマホは中高生なら持っていて当たり前の時代になってきました。さらには、小学生のうちからスマホを持つ子どもも増えて...
だってイソップだよ! トイレの消臭芳香剤3,000円超えの買い物はアリかナシか
「売り切れ続出の人気商品が入荷しました!」そんな触れ込みに心惹かれ、買ってしまいました。  イソップ(Aesop)...
人間関係にモヤァ…「切るべき人」の特徴は? スナックママの有益な助言
 この夏は久しぶりに数カ月ほど、人間関係でモヤモヤしてしまいました。ただただ悩む日々が続き、ひとりで考えても答えが出ず…...
夫の連れ子と仲良くなるには? 妊娠するタイミングも考えておきたい
 結婚した夫に連れ子がいた場合、関係性に悩む人は多いですよね。特に思春期の子供は、実の親でさえ対応が難しい時期。では、夫...
BBQ、ビニールプール、公園、不審者…夏こそ気をつけたい子育て中のヒヤリハット
 子育て中の親御さんは、子供の安全にいつも気を配っているはず。とりわけ夏は身近なところに危険が多く、一瞬の隙に大怪我につ...
祝「ポッカレモン100」52周年! 超簡単レシピでチーズを作ってみたよ
 先日、「ポッカレモン100」のリニューアル発表会にお邪魔しました。「発売52年目の大改革」と銘打ち、ブランド初の<高め...
祈りの儀式かな? 肉球全見えのへそ天“たまたま”に手を合わせよう
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...