メガバン妻が悟ったリーマンの限界値 吉祥寺より2駅下った中古マンション

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-04-13 06:00
投稿日:2024-04-13 06:00

【武蔵境の女・竹島千佳33歳 #1】

 武蔵野の自然を携えそびえる瀟洒な白亜の建物は、まるでこの場所がヨーロッパの一都市であるかのような錯覚を与えてくれる。

 竹島千佳は独身時代に友人と訪れたパリのモンマルトルにある美術館を思い出した。

 武蔵境駅からすぐの武蔵野プレイスは、図書館などが入る公共施設だ。

 数年前は、名建築として雑誌・BRUTUSにも掲載されたことがあるという。開館は2011年とまだ日は浅いが早くもこの街のランドマークとなっている。

 葉桜が季節の移ろいを知らせる日曜の昼下がり。千佳は建物前の丸いベンチに座り、この街に住む優越感に酔いしれた。

 それはまるで、自己暗示をかけるように…。

夫とペアローンで中古分譲マンションを購入

 マーケティング会社で働く33歳の千佳は1年前、結婚を機に築浅の中古分譲マンションを夫・正信とペアローンで購入した。

 今はやっと、この街の環境に慣れてきたところだ。

 ――駅周辺で何でも完結するし、丸の内にある職場にはJR中央線で乗り換えなしの1本で行ける。子育てもしやすそうだし…。

 そんなことを考えながらも、千佳にはまだ子供はいない。メガバンクに勤務する正信は、優しくて家事も率先して行う良き夫であるが、ふたりの時間をまだ味わっていたいのだ。

 彼への不満は、こんな天気のいい休日も出勤がある激務なことくらい。

「キャアアアアアーーーー」

 突然、未就学児たちが甲高い奇声をあげて目の前を通り過ぎていった。

 ユニクロのフリースを着たママたちが子供を追いかけている。ヨーカドー帰りなのか、傍らのベビーカーにはダイソーの袋とカルディのエコバッグが乱雑にぶら下げてあった。

 千佳はひとつ、ため息をついてその場を立ち去った。

南麻布の鮨店で結婚記念日を祝う

「大将、お元気そうで何よりです」

 その晩は、千佳と正信の初めての結婚記念日だった。

 彼が帰宅してすぐ車を走らせ、独身時代に通っていた南麻布の鮨店を訪れる。

 この店に初めて訪れたのは、5年前。当時、懇意にしていた、だいぶ年上の男性に連れてきてもらった。

 ことの経緯は正信に内緒だが、大将もそれを理解し、含みつつ対応してくれるので、安心して贔屓にできる。

「本当においしいね。千佳は本当にグルメだなぁ」

「マサ君は舌が子供なのよ。東京に住む大人なら贔屓の鮨屋の1軒くらいは持っていないと」

 大将に渡された手巻きのウニを堪能しながら、互いに肩を寄せ合い、笑いあった。その仲睦まじさに、周囲の弟子たちも顔がほころぶ。

ソムリエの何気ない問いに…

 千佳の冷酒グラスが空になったのをきっかけに、店のソムリエがワインをふたりに勧めた。

「すみません、今日は車で来たんです。家が遠いので」

 正信は丁寧に断り、引き続きノンアルコールビールを頼んだ。

「そうなんですね。ご自宅はどちらでしたか」

 ソムリエは残念そうに微笑みながら、何気なく尋ねる。ほろ酔いでリラックスしていたはずの千佳がピンと背筋を伸ばした。正信が答える前に、会話に割って入った。

「自宅は…吉祥寺なんです」

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


話し合い好きは平和主義?むしろ支配欲強め!一歩間違えるとモラハラに…
 話し合いで解決を図る人、みなさんはどんな印象がありますか? たぶん平和的とか、論理的なイメージが強いのではないでしょう...
美STの開運マスク付録ってなに?ドモホルンリンクルは一式試せて嬉しい
 今回ご紹介する雑誌付録は、「美ST」2024年3月 増刊号(松嶋菜々子表紙)の「開運&美肌見え! PITTA MASK...
なんて素敵な夫! ド近眼の妻にICLを提案した「永久保存版トーク」
 昨年の夏頃から計画して、お正月明けに眼内にレンズを挿入して視力を矯正するICLの手術を受けました。  小学生の頃から...
「正」の字に振り回されて…
 はいっ、新しい年が始まりました。みなさん、お正月は楽しく過ごせましたでしょうか。  お正月の「正」の字には、「あ...
YOUはどうしてバンザーイ?  全開“たまたま”にあれこれ妄想
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
季節の中へ向かう道で 黄色のまぶしさに目がくらんだ
 鮮やかな黄色がまぶしくて思わず目を細める。季節の色ってなんでこんなに力強いんだろう。  葉も実も花も落ちて枝だけ...
冬の園芸は難しい?花屋が教える「ご注意あそばせ」な4項目
 お花屋さんは1年中忙しいイメージがあるかもしれませんが、寒さこたえる1、2月は比較的まったりムード。慌ただしかった年末...
「財布落とした」→先週もだよね? サボり言い訳LINEはリスト化必須
 普段、一生懸命仕事をしていても、人間なら時には「サボりたいな」と感じる日もあるはず。  でも困るのが、サボるため...
生まれた性別で誰かが誰かに恋をした きっとそれだけのこと
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
スマホ中毒な娘にお手上げ!不要で必要な事情、鍵付き棚に入れたのに…!!
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
鍵シッポでつかんだ幸せを“たまたま”にたっぷり貯めこんで♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
誰かを待つのも悪くない 夜の片隅とそれぞれの大切な時間
 誰かを待つ時間、実はそんなに嫌いじゃない。街の片隅に留まるには周囲が納得する理由が必要だったりするから。  最近...
ダブル女偏の「嫉妬」の語源は何?美容院でジェラシった話。
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
先輩から「デートのチークはピンク系」デキる女アピの熱血LINE指導w
 他人からの評価を気にして、仕事や意識の高さ、モテ力など、「デキる女アピール」をしてくる女性は多いですよね。  で...
マナーを守って一緒に楽しもう!子連れライブ参戦キホンのキ
 40代女性は子育て世代。今までみたいに気軽にアーティストのライブには行けません。諦めるか、子連れで行くかの選択肢を迫ら...
飲み会でLINE交換→「えっ院長なの?」素性知った途端に本性見えたよ
 人には誰しも、表の顔と裏の顔があるものです。どんなに普段いい顔をしていても、ちょっとした瞬間に本性が垣間見えることも…...