直木賞作家・荻原浩氏インタビュー 世にはびこる誹謗中傷「耳の痛い意見が人を成長させるとは言い切れない」

コクハク編集部
更新日:2024-08-09 06:00
投稿日:2024-08-09 06:00
 パリ五輪でも選手や審判などに対する誹謗中傷は深刻な問題となっている。誹謗中傷は、他人への悪口(誹謗)と根拠のない出鱈目(中傷)によって他人を傷つける行為を指す――。
 赤の他人が放った出鱈目の悪口によって自分の、あるいは自分の大切な人の人生が狂わされたら…想像しただけでもゾッとする。

最新作「笑う森」が描く誹謗中傷に晒された女性たち

  ◇  ◇  ◇

 直木賞作家・荻原浩氏の最新作「笑う森」(新潮社刊)は、小樹海と呼ばれる森で行方不明になっていた5歳児・真人が、7日後に無事保護されるところから始まる。

 真人は、人とのコミュニケーションが苦手な自閉スペクトラム症。母の岬は、障害を抱える我が子が変わらず元気だったことに安堵するが、行方不明前との明らかな違いにも気付く。いったい彼はどうやって森の中で過ごしていたのか。その謎が、真人の身に起きた異変を手がかりに、少しずつ解き明かされていく。

 物語は、SNSの書き込みに足元を掬われる女性たちの姿も描いている。

 岬は、力を貸してくれる捜索隊に思わず暴言を吐いてしまったことで“毒親”“子供を虐待”などと根も葉もない書き込みの集中砲火を浴びてしまう。スクールハラスメントに悩み、自殺願望を抱えながらSNSで誹謗中傷を発信しているうちに、自らもネット上に素性をさらされる40代の女性中学教師も登場する。

【こちらもどうぞ】江角マキコ芸能界引退から7年、初めてデビュー作を語る

誰もが誹謗中傷する側、される側になり得る

 荻原氏は、SNSというツールが抱える危うさに警鐘を鳴らす。

「僕自身は“見る専門”で投稿はしていません。ただ、利用する者は僕も含め、誰もが誹謗中傷する側、そしてされる側のどちらにもなり得ると感じています。あるアカウントを批判した人が別の人間から誹謗中傷されることだって珍しい話ではない。たとえ誹謗中傷の投稿をしなくても、真実かどうか分からない情報を鵜呑みにしリツイートなどのリアクションをすることで拡散して加害者になる可能性だってある。SNSは便利なツールですが、あらゆる危険性を孕んでいることはきちんと理解しておきたいと常々感じています」

 総務省が運営を委託する「違法・有害情報相談センター」によると、SNSによる誹謗中傷の相談件数は8年連続で5000件超と増加の一途をたどっている。直近の2022年度の相談者のうち、8割が個人からの相談だったというが、それだって氷山の一角だろう。

人間は他人の悪口が好きな生き物

「ひと昔前までは新聞の投書欄にハガキで意見を送ったり、居酒屋談義ぐらいが関の山でしたが、今のSNSでは自分の意思ひとつで独断と偏見に満ちた考えも自由に発信できるし、それを大勢の人たちが目にとめてくれる時代。自分の意見に『いいね』がついたり、『応援しています』『支持します』といったコメントが届いたりすれば、確かに承認欲求が満たされるかもしれません。

 そもそも人間は他人の悪口が好きな生き物ですよね。『あの人凄い』と褒めるより『本当はアイツって…』などと妬み嫉みを取り上げたほうが飲み屋談義も盛り上がったよなって、自分の胸に手を置くと感じるわけです。ほんの20年ほど前までは仲間内で膝を突き合わせながらグチっていただけのものが、SNSの誕生によって垣根を越えるようになった。

 人間の後ろ暗い本能の部分に羽が生え、世界中どこへでも飛んでいけるようになったわけです。その中で、もし仮に自分の正義を唱える、あるいは他人を攻撃するなら、少なくとも匿名ではなく、実名を名乗って投稿するところから始めろって思いますね」

コクハク編集部
記事一覧
コクハクの記事を日々更新するアラサー&アラフォー男女。XInstagram のフォローよろしくお願いします!

ライフスタイル 新着一覧


真似から始まったファッションも、いつか体に馴染むもの
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
年の差婚の弊害?夫の“昭和の価値観”を持つ息子の将来が不安すぎる件
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方などをテーマにブログやコラムを執筆しているまめです。  私の夫は10...
仕事のモチベが上がらない!30女40女のやる気スイッチをONにするテク
 どんなに好きな仕事でもモチベーションが上がらない時だってありますよね。気持ちが乗っていない時は、ミスしたり、時間が永遠...
この子を育てるのは無理かも…発達障害児がストレスで鏡に刻みかけた言葉
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
菜の花の小道で一触即発! 道を譲るのはどっちの“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
今夜は誰と出合おうか…人で溢れる街の隅っこに転がる心
 先に仮想世界(?)でお互いを見つけて、そこから顔を合わせるって最初は気まずくないのかな? と昭和の世代は思っちゃうけど...
水商売の水は流水説 夜の街で働くホステスやホストだけが当てはまるの?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
2月相次ぐ地震で“南海トラフ”がトレンド入り 専門家の警戒する地震は?
 2月15日午前10時8分、京都府南部で震度3(マグニチュード=M3.7)の地震が発生。14日にも同じ場所で震度4(M4...
贈り物に「無理して喜ぶ」はNG行動 本当にイイ女は“感動コスパ”の猛者
 誰かに喜んでもらえるのって嬉しいですよね。そして小さな労力でたくさん喜んでもらえたら、もっと嬉しいですよね。それが“感...
シャトレーゼ専用のポイ活は知らなきゃ損! 激アツ宿泊特典&賢い裏ワザ
 シャトレーゼのお菓子はよく食べているのに、シャトレーゼのポイント「カシポ」を知らないなんてもったいない! 「カシ...
イラッ!遅刻を許せない私は心が狭い? 穏やかな心を保つ3つの考え方
 会社や約束の時間に、平気で遅刻を繰り返す人を見ると「許せない!」と感じる人は多いはず。とはいえ、自分がイライラすれば周...
朝日に向かって飛び立つハクチョウにも悩みがあるとしたら…
 朝日を浴びて飛び立つハクチョウたち。並んで飛んでいるけど、それぞれどんな立場で、どんな関係なんだろう。  きっと...
私が芸能活動できるのはギャラ飲みのおかげ! タレントの卵の実生活は…
 経営者や著名人、人気のインフルエンサーも利用する「ギャラ飲み」なるサービスって知っていますか? 東京都内のみならず、全...
祝「日刊ニャンダイ」発売! 俺の“たまたま”も載ってるよ♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
仕事をがんばるあなたへ こんな時代だからこそ「自己肯定感」を高めて
 自分を条件なしに肯定できる力を「自己肯定感」といいます。あなたは、自己肯定感が高いですか? 低いですか? 実は、自己肯...
春を告げる「ミモザ」、“命短し”可憐なフワフワを長持ちさせる鉄の掟3条
 先だって大雪に見舞われた、我が愛すべきお花屋の周辺にも春を告げる鳥がボチボチやってくるようになりました。  しかも店...