モーニング食べたら食パン1斤!? 勝負の2025年、心に刻む「岐阜のサービス精神」

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2024-12-21 06:00
投稿日:2024-12-21 06:00
 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きないし、しんどいことだらけの日常ですが、生きていく強さを身に付けるヒントを共有できたらいいなという願いを込めて――。

すごさを実感できる岐阜の無形文化財とは?

 JR岐阜駅を降りると、まず目に入るのは黄金の信長像だ。岐阜といえば、織田信長なのだ。そして長良川の鵜飼いも、世界遺産の白川郷も有名である。

 祭り行事や踊りなどの無形文化遺産も多い。しかし岐阜のストリップ劇場で何度か仕事をするうちに、気付いたのだ。本当にすごさを実感できる岐阜の無形文化財は、喫茶店のモーニングサービスに表れる「サービス精神」ではないか、と。


【こちらもどうぞ】電マの営業からラブホの清掃員へ…羞恥心とも戦うストリッパーが思うこと

コーヒー1杯頼むとフルコース級のサービス

 岐阜で早朝から営業する喫茶店の多くは、飲み物を頼めばモーニングサービスとして食事が付いてくる。ワンコインでおつりがくるコーヒーに、トーストとゆで卵だけでも十分なサービスだ。

 そこに、お椀の赤だしや熱々の茶碗蒸し、おにぎりや焼きそば、フルーツや団子などが出てくるのだから、もう大変な歓待である。なかにはお土産として食パン1斤を持たせてくれる店もあり、気分は竜宮城を訪れた浦島太郎だ。

モーニングサービスの宣伝文句は一切なし

「うすずみ」は、大通りから一本入った住宅街の中の喫茶店である。メニューが見当たらないままコーヒーを頼むと、半分に切ったバタートースト、ゆで卵、バナナ、殻付きピーナツ、数種の野菜が入った赤だしが付いてきた。

 おまけにパンやコーヒーはなくなると追加してくれて、のんびりしていても、もっとのんびりしていけと、ピーナツを追加してくれる。信じられない。これでは永遠にコーヒー1杯の代金しか支払えないではないか。

 ここまでして、店内はおろか、表の看板にも、モーニングサービスの広告はない。つまりこれは、本当に、真のサービスなのだ。

似て非なるサービスの考え方

 お客を呼びこむためではなく、来てくれた人に重ねていくサービス。これは同じようで全く違う。

 本屋だった頃は、店頭に並べるだけで買ってくれる人より、作家を呼んでサイン会を開催すると足を運んでくれる人たちにばかり力を入れていた。商売におけるサービスとは、経費をかけてそれ以上の利益を得るための手段だと思っていたのだ。

「愛されるストリッパー」としてできること

 今の職業はストリッパーだ。たくさんの人に愛されなければ、仕事は成り立たない。愛は人数や回数によって可視化し、それによって仕事が増えたり減ったりする。放っておいても来る人より、サービスをしたら来るかもしれない人に力を注ぎたくなるのは、本屋の頃と同じだ。

 しかし「うすずみ」を訪れた私は、サービスを知らずに扉を開け、コーヒーを頼んだ。そこで心からの歓待を受けて、何度も通うようになった。

 もはやコーヒー以外に何も出てこなくても、通い続けるだろう。何かをしなければそもそも来ない人は、しなくなったら来ないし、他でしてもらえればそちらに移っていく。大事にすべきは、どちらなのか、自ずとわかるだろう。

岐阜モーニングの信念を胸に…

 はたして岐阜のサービス精神がどこから生まれたのか。城をつくった織田信長には全くそんなイメージがないのだが、長良川で鵜飼いを見せて賓客をもてなしたという話もあるから、もしかしたら織田信長イズムなのかもしれない。

「理想を持ち、信念に生きよ」ストリップ嬢による観客への真のサービスなど理想的に過ぎるかもしれないが、デビュー5周年を迎える2025年、私は岐阜モーニングの信念を胸に、なんとかこの業界で生き延びていきたい次第である。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「卒業」ばりに花嫁略奪!事実は名画より奇なり、破天荒な友人がヤバすぎ
 破天荒とは、「誰もしなかった前代未聞の行動をする」ことを意味します。そして、世の中には、まさに「破天荒」の言葉にふさわ...
ほっこり読み切り漫画/第58回「サクラ鳴く」
【連載第58回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 生きものたち、...
夏空が秋にかぶさる風景 季節がバトンタッチする時期がきた
 夏空が秋にかぶさる。そうだ、あしたはもう「秋分の日」。  ここまでくると「いよいよ今年も後半戦」という感じがして...
気づけば10年前のまま…大人のメイクは年単位で見直すべし!
 みなさんはぶっちゃけ、メイクの勉強をしていますか? 私はお恥ずかしながら、10代の時に雑誌を参考にして習得した以来、や...
妊娠5カ月、4畳のシェアハウスへの単身引越しに踏み切った話
 先日、夫の実家で親戚の子どもたちと上の子の5歳の誕生日を祝いながら、ふと「ってことは、自分も人の親という立場に置かれて...
気が付けば先輩社員の立場に…「職場で憧れられる存在」に5つの共通点
 仕事がバリバリできて見た目も完璧な女性は、職場の頼れる存在であり、憧れる存在でしょう。「私も少しは後輩から憧れられる女...
2023-09-21 06:00 ライフスタイル
「ほよよ顔」がたまらにゃい!プー太郎君の“たまたま”を激写
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
ギャラ飲みは私の天職! 月収100万円、一度だけ恋人関係になった人も…
 経営者や著名人、人気のインフルエンサーも利用する「ギャラ飲み」なるサービスって知っていますか? 東京都内のみならず、全...
「必ず夢は叶う」は罪なアドバイス? どっちにしろ人生は続くのです
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
日持ち抜群「ジンジャー科のお花」の摩訶不思議、1週間過ぎても元気!
 ワタクシの大切なお花友達のAさんは、見た目は男性ですが、心は妄想が止まらない夢見る乙女。朝の精神統一は「花を触ること」...
子育てワンオペ問題…親頼みのママにモヤモヤ、男性の育児休暇は必要?
 先日友人と、子育てについての話になりました。  私の仲の良い友人たちは、自分の子どもが乳児の時に、実家の協力が得...
おなら、誤爆、カビパン…40年生きてたら、恥ずかしい思い出ぐらいね
 生きていれば、誰にでも一つや二つの恥ずかしい思い出があるものですよね。時間が経って忘れた頃に、ふと思い出してしまうと、...
親との距離感むずい…小言付き同居or孤独な別居、子連れで出した答え
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
遊びスイッチ全開にゃ! 猛ダッシュ“たまたま”の一瞬をパチリさせて~
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
死語説もあるけど便利な「OL」、海外では通用しない?
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
私が稼ぐしかない!「月経ディスク」で起業、元居酒屋店員の猪突猛進人生
 パワフルの塊のようなアラサー女性がいます。「株式会社MONA company」代表取締役の向井桃子さん(35)。生理用...