東京の「Fラン大学」を出たママの誇り。お受験戦争の渦中、優秀な娘に人生を重ねる傲慢な願い

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-02-08 06:00
投稿日:2025-02-08 06:00

賢くなっていく娘に脅威を覚える

 彼女にとって寝耳に水のことだったようだ。口の中に入れたばかりのお茶漬けを喉に詰まらせて、ケホケホとせき込んだ。

 愛子が渡した水を飲んで、ゆっくりと咀嚼したあと、美愛は目をそらして口を開いた。

「受験はしたいよ。いまさらなぜそんなこと言うの」

「ならいいんだけど。よかった」

 ホッと胸をなでおろす。半ば否定を誘導したような質問だったが、不安を解消するためにどうしても必要な回答だった。

「クラスだって、α1に入ることができたんだよ。もうすぐ志望校別特訓も始まるし、せっかくやる気になって、モチベを上げている最中なのに」

「そ、そうね」

 小学生にもかかわらず、立て板に水のようにすらすらと言葉が出てくる美愛に脅威をおぼえた。彼女は夕食を終えると、風呂へと向かった。その後は少しだけ参考書を読んで、10時にはベッドに入ると言う。

 理想通りではあるものの、やりすぎではないか。志望校に合格さえ、してくれればいいのだ。既に彼女は余裕で80%合格ラインは超えている。

 そんな矛盾で混沌とした気持ちから逃げ出すように、愛子は鳩サブレの缶に入った刺繍枠を手に取った。

品のある女の子になって欲しい

 刺繍をはじめたのは、つい最近だ。

 美愛が頑張ればがんばるほど、置いてけぼりになる。手持無沙汰を解消しようと、カルチャーセンターの講座を探したところ、時間的に都合がいい刺繍教室を見つけたのだ。

 純白のハンカチに、チクチクと針を入れ、愛する子の名前を刺繍する。横浜雙葉の学園祭で出会った、あの彼女のような、品のある優しい女の子になって欲しいという願いを込めて…。

「ママ」

 気が付くと、風呂から上がってきた美愛が後ろに立っていた。

 だいぶ長い時間湯船に浸かっていたようだ。頬は紅潮し、瞳もどこか血走っている。

「なあに?」

 何が起きたのか――ただ事ではない気配を感じた。その予感は次の言葉によってすぐ答え合わせがなされた。

「私、やっぱり受験したくない」

#3へつづく:共学なんてバカじゃないの! 暴走するお受験妻が「娘の反抗」でようやく気付けたこと】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


蛙化現象わかったフリしてない?恋愛中でもどこか冷静な若者のリスク管理
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
うんざりするけども!目上の人の苦労話は“秒”で遮断するのはもったいない
「今の人は恵まれてる、昔はさ~」から始まる目上の人の苦労話、みなさんもうんざりするほど聞いてますよね。  その苦労話で...
台湾最高!くまのプーさん気分も味わえる「40女激オシ台湾産ビール」3種
 仕事の後のビールは、全てを忘れさせてくれる大切な存在。そんな1日の終わりに飲む1杯にはこだわりたいですよね。  そこ...
2024-03-07 18:25 ライフスタイル
戦うべき相手は過去の自分 時には昇ってきた階段を振り返る
 時には昇ってきた階段を振り返る。ずいぶんと上がった、と誇りに思うこともあるし、まだこんなところか…と凹むことも。 ...
親を嫌いになってもええやん? 40女が手放せた“無理と我慢”
 早いものでもう2月。新年をきっかけに、今年こそは! と決意を新たにした方も多いのではないでしょうか。  筆者もそのう...
コミュ力ゼロ、ママ友関係が苦痛でしかない…テッパン切り口&対処法
 子育てをはじめるともれなくついてくるのが、たくさんの人間関係。保育園や学校、ママ友との交流の機会が多いので、コミュ力の...
愛しいおんにゃの子に猛アピール♡“たまたま”君の恋の行方は
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
悔やまれる添い乳よ…子育てが落ち着いた40代ママが語る育児後悔エピ
 子育て期間中は、何が正解なのかわからないまま日々育児と向き合わなくてはなりません。しかも、子供によって成長の速さも性格...
世界的にフラワーバレンタインが来てる!愛の告白より感謝を伝える日に
 立春(2月4日)を迎え、暦の上では春。ですが、この記事を書いている最中にもテレビ画面には「本日関東地方は雪」ニュースが...
入籍お知らせで赤っ恥!させていただきますはダメ、巷でよく聞く変な敬語
 日本語って本当に難しいですよね! 中でも、日本人ですら間違えてしまうのが、敬語です。    案外、正解を知っている...
飛び立つのは怖いけど…いくつになっても思い切りって大事
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
“万年毛玉ジャージ”のママ友ん家がレベチ!良くも悪くもドン引きしたエピ
 人は見かけでは判断できません。特に、相手の本当の部分が垣間見えるのが「家の中」です。  いつも綺麗な人なのに家がすご...
朝寝坊にイチャイチャバレ…夫の実家に帰省した時の“珍”失敗談4つ
 結婚すると、長期休みや年末年始に夫の実家に帰省する人が多いですよね。そして、夫の実家への帰省中に、夫の家族から引かれる...
発達障害児の長男 児童精神科で勧められた「プレイセラピー」を受けたら
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
ちょいワルと見せかけて…実はおしゃべりな“たまたま”にキュン
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
鉄橋の間をゴーゴーと風が通ってゆく…ここは夢と現実の境目
 鉄橋の間をゴーゴーと風が通ってゆく。眼を閉じて、橋と共に吹き飛ばされる自分を想像してビクッとする。  と思ったら...