お客は昔の恋人か? 傲慢な一言に「じゃあ、あんたがやってみろよ」と反論するか問題

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2025-04-30 17:00
投稿日:2025-04-30 17:00
 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きないし、しんどいことだらけの日常ですが、生きていく強さを身に付けるヒントを共有できたらいいなという願いを込めまして――。

「君は容姿がいいけどダンスは今一つだね」というお言葉

 お客様から「君は容姿がいいけどダンスは今一つだね」というありがたいお言葉を頂戴した後輩の踊り子は、ご指摘を真摯に受け止めて、オフの間も自主練に励んでいた。私はそんな彼女の素直さがまぶしい。ストリップに限らずステージに立ってスポットライトを浴びると、そうやって余計なことを言って爪痕を残したがる人間が近付いてくるのものだが、たいてい言うことは的外れだ。

 本当のところ、彼女は容姿が抜群に良い上にダンスも丁寧で美しい。身体能力の高さと、センスの良さが伺える。それに加え、「は? じゃあ、あんたが踊ってみろよ」などと私のように脊髄反射で言い返さない賢さが、なおまぶしい。あなたより一回り以上も長く生きているというのに全然大人になれないよ、見枝香姐さんは。

お客という生き物は傲慢だ

 高校生の頃のコンビニバイトから始めて、飲食店でも書店でも、お客という生き物はえてして傲慢だった。自分のことを棚に上げて相手に多くのことを求めては、全て思い通りになって当然という顔をしている。

 私はおめぇの下僕でも親でもねぇぞ、と何度思ったことだろう。大事にされるのが当たり前、おもちゃもおやつも好きなだけ、座っていれば毎日温かいごはんが出てきて、気に入らなければ王様みたいに文句を言って、ふんぞり返っていればテーブルがきれいに片付く。

 怒りがぶり返して話が飛躍してきたが、そんな人間、たとえ顔が超好みな恋人だってきっと長くは続かない。かくいう私がそういう傲慢なお子様だったから、余計頭にくるのだ。給料をもらう仕事だから、ぎりぎり飲み込めているだけである。

【こちらもどうぞ】電マの営業からラブホの清掃員へ…羞恥心とも戦うストリッパーが思うこと

 長く勤めた書店でも、面倒なお客に訳知り顔でああだこうだ言われると、つい《じゃあ、あんたが〇〇してみろよ》と喉まで出かかることはあった。だがそれを言っては、身も蓋もない。人ができない、または人がしたくないことをするから仕事として成立しているのである。

 お客がストリッパーに対して何か指摘するためには、ストリッパーみたいに踊れないと資格がない、なんてことは決してない。

 そもそもストリップはコンテストでも競技でもなく、一般のお客に楽しんでもらうためのダンスであるから、例え世界的プロダンサーにアドバイスをもらったところで、ストリッパーとして有益とは限らないのだ。とんちんかんなお客の言葉の中にこそ、金言はあるのかもしれない。

小汚い定食屋で思ったことに、あれ?

 ところで仕事を終えストリップ劇場を出た私は、やれやれお疲れ様と手近な定食屋に飛び込んだ。古い店で小汚いが、逆にそれが期待値を上げる。しかし昔ながらのごはんと味噌汁が付いたハンバーグは、大きいばかりでつなぎが多く、付け合わせはほとんど業務スーパーのものだった。ボリュームはあるけど味は今一つ。

 あれ、どこかで聞いたセリフだな。美味しいハンバーグや手間暇かけた付け合わせを作ることはできるのかもしれないが、それとこうして定食屋を続けることは全く別だ。ハンバーグ定食は、儲けを心配するほどに安かった。もし私が爪痕を残そうと余計なことを言えば、店主は心の中で思うだろう。

「じゃあ、あんたがやってみろよ」と。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


金運=黄色だけ? いいえ「赤い花」もアガるんです。仕事運もゲットするベストな置き場所
 猫店長「さぶ」率いる我がお花屋、止まらない物価高騰のせいか「金運が上がる花ってあるんかい?」という質問をお客様からもら...
「猫島のアイドルは俺にゃ!」ニンゲンの寵愛をめぐり“たまたま”が大激突
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
大阪万博にいざ! 情報がない、時間が足りない、日本館がひどい…それでも大満足だったわけ【現地レポート】
 4月13日に開幕した2025年日本国際博覧会 大阪・関西万博。テレビなどのメディアでは大盛り上がりです。実は筆者、開幕...
「思われニキビ」に浮かれたおばさん、衝撃的な事実を知る。お前…更年期症状の一種だったのか
 女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まっ...
「一緒にいるの恥ずかしい」3カ月後に父が他界…今でも後悔している失言エピソード
 あなたは人生において「あの言葉をなかったことにしたい」と思う失言はありますか?  言ってしまった言葉はいくら悔やんで...
春うらら♡ のんびりタイムのお供にかわいい“たまたま”8連発をどうぞ
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 2025年3月にご紹介したもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかし...
どうしたら止まるの!? 強火すぎる“推し語り”LINEの対処法3つ。同じ目に遭わせてみたら…
 推しができて夢中になると、つい周りに熱く語りたくなるもの。そんな友達の推し語りLINEに、嫌気が差している人もいるので...
鼻チューで絆を深めるにゃ!“たまたま”の朝デートをのぞき見
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「男はバカな女が好きだから…」違うわ! 高学歴女子の悲しき勘違い5選
「男はみんな自分よりもバカな女が好き、だから高学歴の私は全然モテないの〜」と悲しんでいる女子、周りにいませんか? 高学歴...
2025-04-21 06:00 ライフスタイル
都市の呼吸音
 ある日の運転中、日が暮れると都市の呼吸音が聴こえてきた。  クラクション、金属音、遠く聞こえる宣伝カーのBGM…...
【女偏以外の漢字探し】「妻」の中に隠れた一文字は?(難易度★★☆☆☆)
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「校閲婦人と学ぶ!意外と知らない女ことば」では、女性...
エラーだらけにグッタリ…「並ばない万博」は苦難の連続でした。大阪万博と格闘した半年間【事前準備編】
 4月13日に開幕した2025年日本国際博覧会 大阪・関西万博。テレビなどのメディアでは大盛り上がりで特集が連日報道され...
それ今必要? 休日にLINEしてくる上司にゾゾッ。「何して過ごすの?」ってセクハラじゃん
 急ぎの用事ならまだしも、「それって職場で会ったときでよくない?」と思うような内容をLINEしてくる人っていますよね。う...
い、いらん…! 女友達からの“即メルカリ行き”プレゼント5選。じゃあ40女が欲しいテッパンは?
「誕生日プレゼントはもらえるだけで、なんでも嬉しい♡」そんな時代は、遥か昔。アラサー・アラフォーになると、「これ、いらな...
ニュース見てないんか? ママ友の“規格外行動”にドン引き! ガソリン代500円のみ、誰にでもタメ口にモヤッ
 ママ友は普通の友達とは違って年齢も育ちも異なるケースが多いため、相手のふとした言動に驚愕する場面もあるでしょう。  ...
女優は釈放時のメークも話題になる。【プロ解説】のりピーはバッチリ系だったが、広末涼子は泣き腫らし風?
 16日早朝6時台、女優の広末涼子(44)が浜松西警察署から釈放された。7日に新東名高速道路で追突事故を起こし、搬送先の...