遠野なぎこ“重い演技”の裏にあったもの…朝ドラ女優の確かな演技力でも抜けきれなかった哀しい生い立ち

更新日:2025-07-16 17:03
投稿日:2025-07-16 17:00

 今から24年前のことである。熊井啓監督からのご指名で、新作映画「海は見ていた」の現場密着ルポを頼まれた。これは山本周五郎の「なんの花か薫る」と「つゆのひぬま」を原作に黒沢明監督が書いた幻の脚本を、熊井監督が潤色して映画化にこぎつけたもの。江戸時代、深川の岡場所を舞台にお新と菊乃という、2人の遊女を描いた作品だ。

 このお新を演じたのが、21歳の遠野なぎこ(当時は遠野凪子)。彼女は熊井監督の前作「日本の黒い夏─冤罪─」(2001年)で松本サリン事件を調べる高校生を演じて注目され、ヒロインに抜擢された。同作は日活創立90周年の大作。その主演にNHKの朝ドラ「すずらん」(1999年)のヒロインを演じたとはいえ、当時新人の遠野なぎこをキャスティングしたと聞いて、最初は驚いた。熊井監督はこれで彼女をスターにしようとしていた節があり、私はその見届け人として呼ばれたのである。

 撮影は01年の7月から9月まで行われた。

 劇中でお新は、若侍の房之助(吉岡秀隆)や職人・良介(永瀬正敏)と恋に落ちる。客の男を本気で好きになるお新には、気持ちがすれていない純粋さが必要で、現場での遠野なぎこには一途な思いの強さが出ていた。ただ何度か撮影を見学するうちに、演技の“重さ”が気になった。お新は最後に岡場所を襲った大洪水の後、良介と小さな希望を見つけて船出していかなくてはいけない。重さの先に、すがすがしさが漂う感じが欲しい女性なのだ。

 熊井監督に「思いの強さがあるのはいいが、気持ちの出し方が重い。これでは男の方が重荷に感じてしまうのでは?」というと、「あの子はかわいそうな過去を持っているんだ。それがお新と重なって、ああいう演技になるんだと思う」と監督は言っていた。

 この時、遠野なぎこが幼児期から母親に虐待を受け、15歳で摂食障害になり、16歳で睡眠薬自殺未遂を起こしたことは、まだ知らなかった。しかし自分が不幸せだからこそ不幸せな男性に同情し、恋してしまうお新のキャラクターには、どこかシンクロする部分を感じていたのだろう。監督はそんな彼女から幾分かでも“重さ”を削り取ろうとしたし、彼女もそれに応えようと悩んでいた。だが最後まで不幸の影を背負った重い表現から、遠野なぎこは抜け出すことはできなかった。

 2002年に公開された映画は、興収3億円と惨敗。遠野なぎこにとって最後の映画主演作となり、その後は「冬の輪舞」(2005年)、「麗わしき鬼」(2007年)と、東海テレビ制作による昼ドラのヒロイン役に活路を見いだしていく。

 しかし女優としての活躍はこの辺がピークで、以降はバラエティー番組の出演が多くなった。今でも「海は見ていた」のときに、お新と自分が抱えるネガティブな人生観の先に、表現者としてささやかな希望を見つけられたら、彼女の女優人生は違ったものになった気がしている。はっきりとしたことは今も不明だが、その孤独な行く末が悼まれてならない。

(金澤誠/映画ライター)

  ◇  ◇  ◇

 朝ドラ女優の多くは、朝ドラがきっかけで飛躍して人気女優の仲間入りをするケースもあるが、それがかえって“重し”となり伸び悩む人も…。●関連記事【もっと読む】『遠野なぎこが吐露していた「朝ドラ女優の重圧」 橋本環奈も黒島結菜も…キャリアのマイナスになるケースも』で詳しく報じている。

エンタメ 新着一覧


生田斗真“無痛おねだり”大炎上の後始末 羊水発言は“謹慎4カ月”だったが…
 俳優の生田斗真(39)が大炎上している。生田はインスタグラムのストーリーズで、ファンから質問に回答する企画で「今日で妊...
優三のいい人キャラさく裂!予告でヒヤリとした梅子の断崖絶壁シーンも〇
 涼子(桜井ユキ)と香淑(ハ・ヨンス)の思いを背負って、寅子(伊藤沙莉)たちは再び高等試験に挑むが、今度は梅子(平岩紙)...
桧山珠美 2024-05-09 16:30 エンタメ
『虎に翼』脚本家、アニメ界でなぜ高評価?朝ドラ人気の要因は公平な目線
 NHK連続テレビ小説『虎に翼』が好評だ。主人公は日本初の女性弁護士・三淵嘉子をモデルとした猪爪寅子。彼女が投げかける疑...
竹もとで勉強する寅子たちは今時のノマド?法律事務所の初仕事はお茶入れ
 昭和13年春、明律大学を卒業した寅子(伊藤沙莉)たち。寅子は雲野(塚地武雅)の法律事務所で働きながら高等試験合格を再び...
桧山珠美 2024-05-07 14:20 エンタメ
あさイチで光った令和の“料理男子”の新星、キスマイ横尾のライバル現る!?
 ゴールデンウィークといっても、どこかにお出掛けの予定になんの予定もなく、ただ漫然とテレビを見ていたら、神様から思わぬご...
直言ら16名全員無罪!憲法記念日に放送された寅子が語る「法」の解釈
 昭和11年12月。1年半に及んだ直言(岡部たかし)の「共亜事件」がいよいよ結審の日を迎えた。  寅子(伊藤沙莉)...
桧山珠美 2024-05-04 06:00 エンタメ
直言の判決いかに? 寅子の表情、優三腹くだり…テンポ絶妙な法廷シーン
 公判中に倒れた直言(岡部たかし)は、自分の無実を信じる寅子(伊藤沙莉)の気持ちに応え、取り調べで自白を強要されたことを...
桧山珠美 2024-05-02 17:13 エンタメ
『虎に翼』の週タイトルになぜ「?」はる記“主婦乃手帖”で一発逆転なるか
 直言(岡部たかし)は寝たきりでろくに食事も取ろうとしない。そんな様子をはる(石田ゆり子)は心配していた。  一方...
桧山珠美 2024-04-30 13:50 エンタメ
大谷結婚モロ被りの不穏も何のその!各世代イケメン網羅のキムタクドラマ
 木村拓哉(51)主演ドラマ「Believe-君にかける橋-」(木曜21時、テレビ朝日系)がスタートしました。待ちに待っ...
永瀬廉は大人の色気、髙橋海人はヘタレの真逆 確かに築くキンプリ2人体制
 昨年より、2人体制となったKing & Prince(以下、キンプリ)の永瀬廉(25)と髙橋海人(25)。4月期に始ま...
こじらぶ 2024-04-27 06:00 エンタメ
岩ちゃんか仲野太賀か…優三株の上昇、高等試験に落ち続ける原因判明!?
 突然、猪爪家に検察が押しかけ、はる(石田ゆり子)は直言(岡部たかし)が贈賄で逮捕されたと告げられる。  証拠品と...
桧山珠美 2024-04-26 16:45 エンタメ
まるでコント!寅子との恋フラグは立たず、崖から落ちる花岡(岩ちゃん)
 親睦を深めるためハイキングに行くことになったが、花岡(岩田剛典)たちの態度に溝を感じ、浮かない気持ちの寅子(伊藤沙莉)...
桧山珠美 2024-04-24 14:35 エンタメ
ガンちゃん登場! 目の前にビール瓶2本…寅子の酒豪ぶりは母のはる譲り説
 本科と呼ばれる明律大学法学部に進学した寅子(伊藤沙莉)たち。法改正が行われ、女子も正式に弁護士になるための試験を受けら...
桧山珠美 2024-04-22 15:40 エンタメ
「366日」、髙橋海人「95」学生服コスプレ繚乱!関口メンディー何留?
 新ドラマを見ていて気づいたことがあります。それは過去と現在を行き来するドラマで、俳優さんたちがそのまま高校時代や大学時...
すわ、嫁姑戦争勃発か!? 月のもので結束力まで描く脚本の妙
 実際の事件を調べるため、まんじゅうを作ってみることにした寅子(伊藤沙莉)たち。すると涼子(桜井ユキ)が急に謝罪したいと...
桧山珠美 2024-04-19 15:50 エンタメ
「お月のもの」ネタ再び、寅子らの生理談議にマスターのヘンな気遣い
 よね(土居志央梨)は貧しい生い立ちを明かし、涼子(桜井ユキ)や寅子(伊藤沙莉)など、同級生らが恵まれていることに憤りを...
桧山珠美 2024-04-18 16:50 エンタメ