「ブラックドッグ」繁栄に取り残された中国の町で生きる前科者と野犬の絆

更新日:2025-09-20 17:03
投稿日:2025-09-20 17:00

シネマカリテほか全国公開中

 第77回カンヌ国際映画祭で「ある視点部門グランプリ」と、優れた演技を見せた犬に与えられる「パルムドッグ賞」をダブル受賞した。中国の寂れゆく街を舞台に、青年や大人、無数の野犬たちの生きざまを描く群像劇。繁栄とは何かを考えさせられる問題作でもある。

 2008年、北京オリンピック開催間近の中国。友人を誤って死なせた青年ラン(エディ・ポン)は刑期を終え、ゴビ砂漠の端にある故郷に戻って来る。実家はもぬけの殻で、酒に溺れた父はさびれた動物園に住み込みで働いている。そのランに被害者の親族は「絶対に許さない」と執拗に付きまとってくるのだ。

 区画整理で人の流出が止まらず、廃墟が目立つ町では、捨てられた犬たちが野生化して群れをなしている。ランは自分を気にかけてくれる警官から捕獲隊に誘われ、ふとしたことから一匹で行動している黒い犬と出会う。決して捕まらず賞金を懸けられた黒い犬とランの間に、いつしか奇妙な友情が芽生える。だがその絆はランを窮地に追いやるのだった……。

 罪を背負った男の贖罪と人生の再生を、黒い犬との絆を通して描く人間ドラマだ。主人公のランは友人を死なせて10年間服役したが、どのような経緯で悲劇が起きたのかは詳しく語られない。

 いがくり頭の彼はおそろしく無口で、街で再会した人々と心を通わせようとしない。その代わり、人々が恐れ目の敵にして追いかけ回している黒い野犬と親しくなり、この犬をバイクのサイドカーに乗せて砂漠を走る。動物の野良犬と人間の野良犬の間に友情が生まれ、そこに親族を殺された人々の憎悪が絡むストーリーだ。

主人公のランは私たちの周りにも生存している

 舞台はゴビ砂漠にぽつんと広がる灰色の街。あちこちに古びた建物が建ち並ぶ光景はさながらゴーストタウンだ。そこに住む大人も若者もみな一様に明日への希望をなくし、精神的な虚無の中でその日暮らしを続けている。

 2008年は中国が高度経済成長で沸き、日本人がライバル国として意識し始めた頃だったと記憶している。劇中の町での有線放送は、あと50日に迫った北京五輪を国威発揚として称賛し、人々に理解と協力をアピール。建物を取り壊す区画整理は明るい未来を築く事業として宣伝される。こうした前向きなアナウンスとは裏腹に人々の表情は沈んでいる。

 街を走る貨物列車の物憂い汽笛が繰り返し流れ、繁栄に置き去りにされた人間の虚しさとして迫ってくる。うらぶれたサーカスの一団と今の暮らしに満足できない美しき踊り子、干からびた動物園でひもじそうに生きるトラ、寒風が吹き抜ける砂漠の憂鬱、ランを乗せて疾走するバイク、そして人々を取り囲むように無言で生息する野犬の群れ。どれもが一葉の絵画のようにスクリーンを覆いつくす。これらの映像を見るだけでも本作を鑑賞する価値ありだ。

 メガホンを取ったグァン・フー監督はこう述べている。

「本作は多くの映画が見落とすようなものにレンズを向け、尊厳を取り戻そうとあがく青年と街を主人公に据えました。こうしたことは、都会と離れた辺境の地域の未来にとって重要だと確信しています。彼らは少数派かもしれませんが、私たちの仲間です。数年後この映画を振り返って価値を見いだせたとしたらそれこそが映画の真価と言えるでしょう」

 古い町が人口流出を防ぎきれずに廃墟化し、そこに留まった人々の心を闇の無力化に塗りこめるのは我ら日本も同じ。主人公のランは私たちの周りにも生存している。この映画が描き出すニヒリズムは明日の日本なのである。(配給:クロックワークス)

(文=森田健司)

エンタメ 新着一覧


新浪剛史氏は週2でジム通い…「デキる男は鍛える」は本当か? 松本人志、長渕剛…お騒がせと筋肉自慢のカンケイ
 9月1日付でサントリーホールディングスの代表取締役会長を辞任した新浪剛史氏(66)。騒動の発端は、大麻由来の成分が含ま...
2025-09-06 17:03 エンタメ
ドラマやバラエティー番組の主要キャストが急に不祥事を…対応ルールはあるのでしょうか?
【テレビ局に代わり勝手に「情報開示」】  そうなんですよねー。俳優の清水尋也容疑者が大麻で突然の逮捕ですから、驚きまし...
2025-09-06 17:03 エンタメ
農業始めたローラに「収穫の秋」は来るのか? 最新投稿は「今日から、無人島キャンプ♡」の“チグハグ感”
 モデルのローラ(35)といえば、今年3月の「農業宣言」がいまだに話題。だが、それが順調なのかどうか、少々心配な事態が発...
2025-09-06 17:03 エンタメ
『あんぱん』手嶋治虫をも魅了するのぶ、魔性の女では? ヤムおんちゃん「老けたな」が届かない若々しい美貌
 蘭子(河合優実)が柳井家に草吉(阿部サダヲ)を連れてくる。久々の再会に大喜びののぶ(今田美桜)たち。そのころ、手嶌(眞...
桧山珠美 2025-09-06 12:30 エンタメ
これぞロック! YOSHIKIのパクリ騒動、文句を言って何が悪い? “寛容”を強制する世間への反撃
 人気アニメ『ダンダダン』の劇中歌に対して、《何これ、XJAPANに聞こえない?》と自身のX(旧Twitter)に投稿し...
堺屋大地 2025-09-06 11:45 エンタメ
あの“堺雅人似”の俳優も…SNS発「こねこフィルム」が大バズり! ショートドラマからGP帯へ続々進出中
 SNSではすでに多くのファンを掴んでいる、映像制作ユニット「こねこフィルム」。知らないという人もまだ多いだろうが、《映...
2025-09-05 17:03 エンタメ
やす子に“賞味期限切れ説”…1年前「24時間マラソン」で意図せずスターになるもTV業界の評判ダダ下がり
 芸人やす子(27)の業界内での評価が急落しているという。  昨年の「24時間テレビ」(日本テレビ系)でチャリティーマ...
2025-09-05 17:03 エンタメ
宮崎あおい13年ぶり民放連ドラ出演に対して元夫・高岡蒼佑は…岡田准一との関係が物議も対極な人生に
 女優の宮崎あおい(39)が、10月21日スタートの大泉洋(52)主演ドラマ「ちょっとだけエスパー」(テレビ朝日系)で、...
2025-09-05 17:03 エンタメ
元KAT-TUN中丸雄一の文春連載が“禊のフォーマット”に? 文春砲で葬り去られた芸能人はこんなにいる
 9月4日、かつて週刊文春に自身のスキャンダルを報じられた人物のコラム連載が同誌で始まった。連載名は「推して推されて」。...
2025-09-05 17:03 エンタメ
「19番目のカルテ」清水尋也容疑者が薬物逮捕…TBS日曜劇場スキャンダル連発、看板枠に深刻ダメージ
「TBSも呪われていますね…」(在京キー局プロデューサー)……そんなため息も聞こえてくる。俳優の清水尋也容疑者(26=写...
2025-09-04 17:03 エンタメ
旧ジャニーズファンが新浪剛史サントリー元会長を大批判…松村北斗「CM切り」の恨みが爆発
 "物言う経営者"としても知られるサントリーホールディングス(HD)の会長を辞任した新浪剛史氏(66)。購入したサプリに...
2025-09-04 17:03 エンタメ
所属俳優の清水尋也「薬物逮捕」で社長・松田美由紀を待ち受ける“謝罪行脚”…8月には救急搬送、受難は続く
 俳優の清水尋也容疑者(26)が9月3日早朝、麻薬取締法違反の容疑で警視庁に逮捕された。東京都杉並区内の自宅に家宅捜索が...
2025-09-04 17:03 エンタメ
芸人の結婚で“ガチ恋”離れが加速中。非モテ「マユリカ」中谷は救世主となるか
 芸人の結婚ラッシュがやってきている。メイプル超合金・カズレーザーと二階堂ふみの結婚をはじめ、令和ロマン・松井ケムリやは...
帽子田 2025-09-04 11:45 エンタメ
「あんぱん」やなせ氏がいじけてないか心配になる。誕生秘話は史実なの?
 週刊誌の漫画コンクールのページを目にした嵩(北村匠海)は、のぶ(今田美桜)に勧められ、その懸賞に挑戦することに。 ...
桧山珠美 2025-09-03 18:26 エンタメ
フジが港浩一氏と大多亮氏に“50億円請求”で中居正広氏にも「巨額訴訟」の可能性…清水賢治社長は否定せず
 先月28日、フジテレビが港浩一前社長(73)と大多亮元専務(66)に50億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したと発表...
2025-09-03 17:03 エンタメ
二階堂ふみ&カズレーザー電撃婚の余波…「女優と結婚すれば売れる」な勘違い芸人が増殖中
 先月10日、女優の二階堂ふみ(30)とメイプル超合金のカズレーザー(41)が電撃結婚を発表。2019年の蒼井優(40)...
2025-09-03 17:03 エンタメ