「クソださ…」田舎を自分の力で変えてやる――理想の“カフェ”を開いた女の野望と誤算。おじさんのたまり場にしないで!

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-10-19 11:40
投稿日:2025-10-18 11:45

客として現れたのは“松波のおっちゃん”

「おーい、いるかい」

 ダミ声がメインフロアである客間に響く。朱里は、地元のお客さん第一号だと、ココロ弾ませ出迎えた。

「いらっしゃいませ!」

 そこにいたのは、着古したよれよれポロシャツ姿の60代くらいの男性だった。

「おお、やっぱりあーちゃんいたよ」

 想像との乖離に戸惑いながらも、“あーちゃん”という呼び名とその声は、記憶の奥底に確かにあった。

「…松波さん?」

「そうそう、松波のおっちゃんだよ! あんたのオヤジさんがさ、『娘がばあちゃんの家を改装して商売やる』って自慢してたからさ、覗いてみたわけ!!」

 松波さんは響くような大声で笑った。彼は町の電機店の店主であり、町内会長である。朱里も小さい頃は家族ぐるみでお世話になっていた。

「食いもんやでもはじめたの?」

「え、あ、はあ」

「こりゃありがてぇや! なべさんのトンカツ屋も、勝又さんの喫茶店も閉めたばっかだしよ。行くとこなくて困ってたんだ!」

 彼はそう叫んで、嵐のように去っていった。

「どうしたの? 顔、暗いけど」

 客間に戻ってきた朱里の顔を萌絵は心配そうにのぞき込んだ。

「いや…」

 松波さんは、人望厚い地元の名物おじさんだ。好意的に受け止めてくれたのは嬉しかった。

 多少、嫌な予感を抱きながら、朱里は駐車場を出てゆく彼の軽トラックを勝手口の扉ごしに見送った。

おじさん達の溜まり場に

 朱里のぼんやりとした不安は的中した。

「あーちゃん、水お代わり。カレーがさ、辛レーんだよ。なんつて」

 松波さんは座敷にどでんと胡坐をかきながら、空のコップを差し出した。その横では、彼のお仲間たちが世間話に興じながら雑にカレーをかきこんでいる。

「もし、辛いのであればラッシーはいかがですか」

「サービスならもらうよ。700円ってなあ。ハハハハハ」

 朱里は返事もせず微笑みだけ返してその場を去った。カレーを注文してくれるのはまだいい方だったから。

「あーちゃん、おかわりはもちろん無料だろ、な? おーい」

 朱里は聞こえないふりをして、店の奥の厨房に逃げていく。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


カスハラとクレームの違い 料理が30分経っても出ないから文句言ったら?
 パワハラ、セクハラ、モラハラ…。最近何かと「ハラスメント」という言葉を耳にしますよね。その中でもここ数年でよく見聞きす...
最新「グダグダなLINEやり取りの終わらせ方」知らないのは無防備すぎる
 仕事からプライベートまで、コミュニケーションツールとして使えるLINE。便利かつ気軽ではありますが、それゆえにダラダラ...
【難解女ことば】「小女子」ってなんて読む? ヒントはご飯が進むもの。
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
ほっこり癒し漫画/第75回「ヘルプみーこ」(後編)
【連載第75回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、「コクハク」に登場! 「しっぽのお...
八王子の居酒屋社員で月給18万円、腰かけ学生バイトの尻拭いをする日常
 八王子は21の四年制大学・短期大学・高専があるという。  全国でも学園都市として広く名が知られ、学生の数はおおよ...
私の時給はパフェより低い…置き去り氷河期世代の苦悩「感覚死んでる」
 八王子の居酒屋で契約社員として働く由紀は、特段面白みのない毎日を過ごしている。元気な学生バイトたちに囲まれ慌ただしい日...
44歳独身、今からでも遅くない?ズル休み→大学進学を決めた“無敵の女”
 八王子の居酒屋で契約社員として働く由紀は、信じていた学生バイトに蔑まれ、客の若者にも罵られる日々。見かねた学生バイトの...
クレクレママの実態 買い換えるなら「車くれない?」っておねだりする!?
 人のものをすぐに欲しがるクレクレママ、あなたの周りにはいませんか? おさがりなどをもらってくれて助かることもあるけれど...
スマホを持たないサブカル老人の願い「本屋に行く楽しみを奪わないで~」
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
大人の「友達がいない問題」はスナックで解決!?常連同士が仲良くなるわけ
 みなさんは大人になってからできた友達、どのくらいいますか? 「言われてみればもゼロ」なんてこともあるのでは?  ...
気高いオーラにゾクゾク! コワモテ“たまたま”の意外な素顔
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
自分の選択に誇りを持って。子どもを産まない理由、そして6つの決断
「DINKs」という言葉があるように、「子どもを産まない」ということが近年では夫婦の選択肢の一つとして普通になってきまし...
お店で見かけたら幸運! 超レア「バードネスト」の正体は野良ニンジン!?
北海道出身の主人とは衣食住、風習や慣習など折に触れ、関東で生まれ育った者(ワタクシ)との違いを感じます。結婚当初は行き来...
Threadsで実感!「クソリプを送る人」は概ねコレ、主婦の心の闇は深い
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方などをテーマにブログやコラムを執筆しているまめです。  私はX(旧T...
銀座で“750円のみほ&時間無制限”の「AOU銀座の森」がまさかの改悪!?
 コロナ禍以降、基本在宅勤務な方も多いのでは? 出勤のわずらわしさから解放されるのはいいけれど、たまには気分転換をしたい...
階段道の“たまたま”君♡嬉しいスリスリ攻撃であわや転落危機
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...