ひとりきりの楽屋で、ドアに挟まれた不在連絡票に震える夜。私って自意識過剰?

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2026-01-27 11:45
投稿日:2026-01-27 11:45

勘違い女と笑われたくない

 自分に好意を抱く人に対して身の危険を感じる、ということが死ぬほど恥ずかしいのだ。45歳という年齢のせいではない。制服姿で満員電車に乗っても、夜遅くにミニスカートでフラフラしても、何もない人生だった。自分が女性だからといって、必ずしもそういう対象になるわけではないのだ。

 せめて自意識過剰ではありたくないという自意識ばかりが育ち、不安や不快を感じても、恥ずかしさで気付かぬフリをする癖がついていた。この件をSNSに投稿することは、自意識過剰な反応だ。勘違い女と笑われるくらいなら、黙ってやり過ごしたほうがマシである。

 何事もなく夜が明け、日差しで雪が解け始めた頃、近くの定食屋へ向かった。注文を済ませ、テーブルに放られた地元新聞を手に取ると、この地の前知事が1000通に及ぶセクハラメールを長期に渡って職員らに送信していたニュースが一面に報じられていた。

 身体を性的に褒めたり、二人きりで会うことを求めたりするメールの文面は正直気持ち悪さしかないが、それが組織のトップからだとして、私が部下ならどう対応しただろう。

 セクハラ的なメールを受け取ったからといって、通りすがりにちょっと尻を触られたからといって、大騒ぎするのは恥ずかしい。冗談を真に受けて、セクハラだと訴えるのは自意識過剰だ。

 お得意の「自意識過剰を恥じる自意識」を発動させて、私はその不安や不快を誰にも言わないのではなかろうか。なんなら調子を合わせた返信をしたり、笑って体をくねらせたかもしれない。

 そこまで妄想が広がると、彼の卑劣な行為を20年にも渡って横行させたことに、私のこじらせた自意識が加担してしまったような後味の悪さを覚えた。

本当は不快な思いをたくさんしてきた

 定食屋で大盛りのカツカレーラーメンを汁まで飲み干し、豪快に鼻をかんで外に出た私は、また降り出した雪の中、恥を忍んでこのエッセイを書こうと心に決めた。雪に足を滑らせまいと、ガニ股で力強く歩く。

 いや、恥ずかしいことなんて何もない。こんな私だって、本当は不安で不快な思いはたくさんしてきた。まずはそのことを自分自身が重く受け止めなければならない。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


彼の浮気タレコミにも“無”、冷たっ!合理的な人から届くLINE3つの特徴
「合理的」とは、明確な目標があり無駄がない様子をいいます。  特に仕事では、合理的な人がとても高く評価されますよね...
流鉄・幸谷駅で発見!「猫のコーヒー」自販機で出合った癒しの紙コップ
 千葉県の松戸市と流山市を結ぶ、6駅しかない小さなローカル線、流鉄流山線。常磐線と武蔵野線につながるJR新松戸駅への乗り...
ほっこり読み切り漫画/第62回「おとこまえ ダンシ会」
【連載第62回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 「しっぽ...
少し冷たくなった空気 気候の変化と人間の進化の夢と現実
 天気はよくても空と運河の青が寒々しい。向こうに見える高層ビルに入ったオフィスは、きっとガンガンに暖房を効かせているんだ...
見事!家事育児丸投げ上司を黙らせた ナイフ張りにキレッキレなLINE3選
 思ったことをはっきりと発言する人は、「きつい人」と誤解されやすい傾向にありますよね。  でも、嫌味を感じないほど...
寿司か、シミ取りレーザーか。
 ストリッパーの仕事は10日単位である。会社員時代は7日単位で、そのうちの2日は休む習慣だった。だから10日なら3日くら...
男性同士は褒め合わない?男女で全く違う「褒め文化」の話
 先日、友だちが彼氏とケンカして家出し、我が家にやってきました。とにかく怒ってたので話を聞くと、「私は彼氏を褒めるけれど...
1泊14万円 天国にふさわしい館「ハレクラニ」に泊まってみた
 旅行でハワイに行くとなったら、まず始めに「どこのホテルにするか問題」が浮上します。ラグジュアリーな海向きのホテルにする...
ポカポカ毛布の上でたまたまを披露!初々しさにきゅん♡です
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
いい夫婦? 出会った頃と見た目が変わっても変わらないもの
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
葬儀代は減り、ペットのお悔やみ花は“予算度外視”…弔いは何で図る?
「ありましたっけ?」。今年の秋もそう思うぐらい短こうございました。異常に長い夏は11月のはじめまで続き、いきなりの冬……...
どこにたどり着くのか分からない こんな気持ちのときがある
 あっちでもないし、こっちでもないし、でもやっぱりこうだし……。  行って戻ってこんがらがって。結局は同じ場所に戻...
異次元の入り口かにゃ? 興味津々の“たまたま”をロックオン
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「すっぴん」と“シミ撃退”韓国旅行の話
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
春巻ではなくハルマキ?自炊疲れでも10分&大さじ4の揚げ焼きで“天国”へ
 餃子サンや焼売サンに比べて、どことなくハードルの高さを感じるのが、春巻サマです。  餡作りからしておっくう。だか...
「写ルンです」が流行る若者のレトロブームは、何を写しているのか
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...