29歳、元キラキラ女子の“なれの果て”。冴えないスーパー店員と結婚…その理由に共感できる?

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2026-02-07 11:45
投稿日:2026-02-07 11:45

【戸塚の女・塚本優梨愛29歳#3】

 奈江は、かつての遊び友達で恋敵の優梨愛の新居を訪れる。誰もが振り向く華のある優梨愛だったが、結婚と出産を経て所帯じみた容貌になっていた。奈江はこの生活に不満がたまっていそうな優梨愛を救おうと夜の街に誘いだす。【前回はこちら】【初回はこちら

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「経営者飲み」に子供連れって…

「食事会…?」

 優梨愛の瞳が大きく開いた。

「うん。南麻布。ひさびさに羽伸ばしに行くのもいいんじゃない?」
「いやいや…服もないし、ちょっと太ったから恥ずかしいよ」
「えー、そんなことないって。まだまだ全然イケる。服は貸すよ」

 奈江的には、好感触をおぼえた。嫌なら即否定するはずだからと。優梨愛は目を逸らした。きっと、内面で葛藤をしているのだと奈江は確信する。あと一押しだと感じた。

「子どもは、旦那さんに見てもらおう? いいでしょそれくらい」
「…ちょっと待って」

 優梨愛はリビングを出て行った。冷静になって答えを出すつもりなのだろうか。

 奈江は、手持無沙汰になったため、スマホを手に取る。西本に返信しなければならない。考え抜いて送った短い返信に、一言だけ返ってきた。

『じゃあ23時に部屋で。多分遅れる』

 相変わらず淡白で、自分だけに都合いい男だと、苦笑いする。

 実は、奈江と西本は、恋人同士という言質がとれていない関係である。会えて2週間に一度。でも忙しい人だから、それで十分だった。自分は彼の心の支えであればいいと思っている。

「ごめんね」

 声に振り向くと、リビングの入り口に優梨愛が赤ちゃんを抱いて立っていた。

「ベビちゃんがうつぶせで寝ていたのが見えたの」

 タブレットのWEBカメラアプリを消しながら、優梨愛は笑う。トントンと、赤ちゃんを寝かしにかかりながら、全てがリセットされたような顔で優梨愛は奈江に尋ねた。

「で、何だっけ? ご飯会なら行きたいけど、子連れは難しいよね。できれば横浜近辺がいいな」

 その回答に、奈江は、優梨愛がずっと自分とうわの空で会話をし続けていたことを察した。経営者との飲み会とも、場所は南麻布とも、ちゃんと言ったはずだった。全く違うように伝わっている。

「うーん、それは、ちょっと」
「じゃあ、難しいかな。夫にも許可とらなきゃ。もう少しこの子が落ち着いたら、一緒にご飯しよ」

 その時、玄関ドアが開く音がした。

「たっだいまー」

ドタドタと現れた巨漢の夫

 大きな足音をドタドタと立てて、巨漢がやってきた。優梨愛の夫・至だ。まさか、帰ってくるとは思ってもみなかった。

「やだぁ。友達来るから遅くてもいいって何度も言っていたのに」
「早番シフトに代わってもらったんだよ。お友達にごあいさつしたくて…奈江さんだっけ、さっすが、ユリの友達、美人さんだなぁ!!」

 帰宅後すぐに手を洗い、至は優梨愛の腕の中から赤ちゃんを当たり前のように受け取った。どーもどーもと、奈江は至に明るく挨拶をされた。

「よければ、ふたりでこれからお茶でもしてくれば? 飲んできてもいいよ」
「授乳中なんだけど」
「ミルクに慣れさせる訓練になるんじゃない?」
「ええー、いいの!?」

 家族の会話が奈江の耳にしっかり入ってくる。奈江が今まで聞いたことがない飾りけのない優梨愛の口調だった。

「あ、でもー、やっぱりこの子が心配で」
「ならお茶は? コメダ行きたいって言っていたじゃん」

 居場所を失い、奈江は思わず窓の外に目をやる。赤く染まった西の空に富士山のシルエット。絵画のような鮮やかなコントラストがそこにあった。

 奈江は、自分だけが空間から放りだされているような、不思議な気分だった。

私と優梨愛、価値観が変わってしまった

 17時半を過ぎたばかりなのに、すでに外は真っ暗だ。

 周りになにも建物がないということもあるだろう。春も近いはずなのに、刺すような寒さだった。

 西本から、去年の冬にもらったモンクレールでもしのげないほどに。

「今日はありがとうね」

 マンションの前で、奈江はお礼に代えた別れの挨拶をした。優梨愛からのお茶の誘いは、気遣うふりをして丁重に断った。

「駅まで送っていくよ。住民専用バスに乗せてあげる」

 早くこの場所から逃げ出したかったのだけれど、普通のバス停まで、10分の道を歩く気力もない。その言葉に甘えさせてもらうことにする。

 マンションの前の公園のベンチで、バスが来るまでの時間をふたりきりでしばしつぶすことになった。

「……」
「……」

 さぐり合いの空気感。共通の話題はもう消化しつくした。プレゼントしたコフレを使ってくれるかどうかだけが奈江の気がかりだった。

「綺麗でしょ」

 沈黙を割る優梨愛のつぶやきに奈江が顔をあげると、目の前は何もなかった。彼女の目線を辿ると、空にまばらな星の光が点在していた。

「う、うん…」

「今日は、空気が冷たいから、いつもよりいっぱい見える。三日月もはっきりしているね。かわいい」

 奈江はさほど興味を持てなかった。優梨愛も本当にそう思っているのだろうか? かつてはこんな丘の上よりも高いところから、もっとキラキラした都会の光を見下ろしていたはずなのに。

 星空であれば、西本の別荘がある軽井沢やオーストラリアで、さらに迫力のある絶景をみていたはず。ブレスレットも、自分で作らなくとも、カルティエやヴァンクリにもっと可愛いのがあるはず。

 優梨愛の家の窓から見た夕焼けも、確かに綺麗だったが、もっと素敵な場所を奈江はいっぱい知っているはずなのだ。

「今、ちゃんと呼吸できている気がするの」

「私ね、今、ちゃんと呼吸できている気がするの」

 優梨愛は退屈そうな顔をする奈江に言い聞かすような口調で告げた。

「へぇ…」

 ふと、港区にいた頃の優梨愛を思い返せば、彼女はどの場所にいても居心地が悪そうだった。

 その少々不機嫌な様子が、逆に男性たちの興味をひいていたところもある。

 赤ちゃんに対する心からの微笑みと、まばらな星空を正直に綺麗だと言える純粋さ。もしかしたら、あの時の優梨愛より、目の前にいる方が本当の優梨愛なのかもしれない。今日、彼女が吐いていた大きな吐息は、ため息ではなく、安堵の息なのか。きっと、このなにもない街こそが、彼女にとって檻の外の自由なのだ。

ミドリマチ
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作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

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