投資していた友人の失脚により、K社長はブラックな債権者から追われる身となりました。
社長は行方をくらまします。居場所は誰にもわかりません。
連絡がないのは、電話もメールも盗聴の怖れがあるからでしょうし、あるいはひょっとしたら、連絡のできない状態にあるのかもしれません。
私はK社長の身を案じつつ、自分の仕事を続けるしかありませんでした。
そうして3年ほどが経った頃です。事務所に、一通のFAXが届きました。
K社長からの、ある県のコンビニから送られたものでした。
(当時は(いまも?)FAXがもっとも盗聴されにくい通信手段で、先進国の軍隊から暴力団まで、機密度の高い情報を送り合う際にはFAXを使用していたそうです。
紙には、手描きの地図と、短い文章が添えられていました。
『あやさんの作品の在庫を、ここに埋めています』
読んですぐに意味がわかりました。
K社長は行方をくらます前、スタッフのひとりにこう言っていたそうです。
『会社が潰れたら、在庫はすべて債権者の手に渡るでしょう。でも、僕の会社で脱いだあやさんの作品だけは、中古書店の百円ワゴンセールに積まれるような真似はさせません』
K社長は逃亡する前に、私の作品を会社の倉庫からを持ち出し、ある山奥に埋めて隠したのです。
状況が状況なだけに、事務所スタッフたちには不安が過ぎりました。
「これは本当に、K社長からのFAXなのだろうか」
「埋まっているのは、ひょっとして……」
が、ひとりのスタッフが立ちあがりました。
「これはK社長の筆跡で間違いない。あの方はどんな目に遭おうが、自分の心情を曲げた文字を書く人ではない」
そして、そのスタッフが車にスコップを積んで、地図にある場所に行ったところ、果たしてそこには、私の本の在庫が、段ボールや油紙や袋に何重にも梱包され、埋められていたのでした。
私は感動する以上に、打ちのめされました。
脱いだ自分と、作品を守ってくれる人が、実はいたのだと。
それがほかの誰でもない、K社長だったのだと。
私が脱ぐ区切りしとしていた6年間は終わろうとしていましたが、このことで、もう1年、最後に好き放題にやろうと決めました。
その1年には、初めて脱いだときと同じ開放感が満ちていました。
いまも私はK社長の行方を知りません。タフな方ですから、案外近くで文芸関係の仕事をなさっているのかもしれず、あるいはまったく違う世界にいらっしゃるのかもしれません。
その後、私は、仕事で知り合った人から、「あの作品のあやさんですよね」と言われることが、たまにあります。「持ってます」「好きでした」と、たとえばそれは私の惹かれる漫画家さんだったりストリッパーさんだったり詩人さんだったり。
そんなに売れたわけではないのに、ある役者さんの公演に行ったときは、関係者のうちの3割がこの作品を持ってくださっていたという濃密さ。
そんなとき、自分がしてきたことは、まんざらでもなかったなと思い、いまも地続きの世界にいることを自分なりに誇らしく思え、その嬉しい気持ちを、K社長に伝えたくなります。
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