【愚か者の身分】戸籍売買の闇社会に生きる男たちが落ちた血まみれの地獄
【孤独のキネマ】愚か者の身分
藤沢周平の短編小説「恐喝」に、江戸時代のチンピラ主人公が従妹から「あんなのと早く手を切らないといけないよ。そうでないとおまえ、いまにひどい目に会うよ」と説教される場面がある。「あんなの」とは主人公に悪事を命じている兄貴分のこと。悪の世界は一度はまったら簡単に抜けられない。しかも親分や兄貴分から無理難題を押しつけられ、逆らったら情け容赦のない制裁を受ける非情の世界だ。
この小説を読んだ2日後、本作「愚か者の身分」を見た。江戸時代も21世紀の現代も悪党の世界は同じなのだなと痛感した。ちなみに本作のキャッチコピーは「生まれ変わるんだ。」である。
欲望渦巻く新宿・歌舞伎町で、したたかに生き抜く若者がいた。兄貴分のタクヤ(北村匠海)と、彼に拾われたマモル(林裕太)。彼らは犯罪組織の末端として戸籍売買の闇バイトで生計を立てている。SNSで女性を装い、身寄りのない男性から個人情報を引き出してはパパ活女子を使って戸籍売買で稼ぐ。2人は大金を稼ぎながらも「この生活を抜け出して真っ当に生きたい」という切実な願いを抱いていた。
だが運命は無情な試練を与える。マモルは組織から「タクヤに近づくな」と不可解な指示を受ける。同じころ、組織の幹部・ジョージ(田邊和也)が保管している大金が強奪される一大事が勃発。胸騒ぎを覚えたマモルがタクヤの部屋を訪れると、大量の血痕が残されていた。
タクヤの身を案じる間もなく、マモルは怒り狂ったジョージと子分の佐藤(嶺豪一)に縛られ、手荒な尋問を受ける。現金強奪の犯人がタクヤと聞いて動揺するマモルのもとに、タクヤから一通のメールが届く。
実はタクヤは闇バイトの手ほどきを受けた兄貴分の梶谷(綾野剛)と密会していた。だが皮肉にもこの梶谷がタクヤの処分“”を組織から命じられることに。こうして男たち3人は追いつめられるのだった……。
本作で描かれた若者の悪業とその報いは決して絵空事ではない
第30回釜山国際映画祭で北村と林、綾野の3人が最優秀俳優賞を受けただけあり、久しぶりに面白い邦画作品が完成した。面白さの理由はまず社会の底辺でうごめくタクヤとマモルの「カネをつかんで浮上したい」という渇望にある。2人は若くしてワーキングプア。生活保護を抜き取る怪しげな施設で出会い、戸籍売買に転じた。
彼らがなりわいとする戸籍売買の仕組みも興味深い。若い女を使って貧しい男たちを口車に乗せ、戸籍を抜き取ってウン百万円の報酬を得る。騙す女と騙される男。カネ詰まりの男たちの生態はげんなりするほど惨めだ。
さらに物語をスリリングにしているのは悪の組織から抜けるのは至難の技という現実だ。かつては反社会的組織といえばヤクザが中心だったが、今では関東連合のような半グレ組織が加わり、裏社会で荒稼ぎしている。こうした組織から抜けることは裏切りとなり、命の危険にさらされる。一度入ったら死ぬまで解放されないのだ。「生まれ変わるんだ。」という掛け声の裏には厳しい掟が潜み、本作を血なまぐさいサスペンスで締めくくることになる。
話は横道にそれるが、現代社会においてこうした半グレ組織が運営する会社は様々な分野に広がっている。しかもそこで働く末端の社員は自分の勤務先が半グレ系であることを知らないという。
先日、風俗記者から「AV女優の所属事務所にも半グレがけっこうある」と教えられた。
「半グレは資金を出して第三者にAV事務所を経営させる。事務所の代表者などわずかな幹部しか自社が半グレ系であることを知らない。そこに何も知らない新入社員が入社。撮影現場などで他社のベテランマネジャーから『おたくの会社は半グレ系だよ』と教えられ、慌てて辞めていく。だから半グレ系事務所は社員の定着率が悪い」
なるほど。世の男性が楽しんでいるAV界にも半グレは潜伏し、美女を使ってごっそり稼いでいるわけだ。彼らの背後には暴力団が控え、上納金を吸い上げているのかもしれない。裏社会の仕組みは複雑怪奇だ。
本作で描かれた若者の悪業とその報いは決して絵空事ではない。現実の闇社会ではこうした凄惨なドラマが繰り広げられているのだろう。一度悪に手を染めた愚か者が真っ当な社会に復帰するのは難しい。「愚か者の身分」は容易に良化できないのだ。(全国公開中/配給=THE SEVENショウゲート)
(文=森田健司)
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