なぜ欅坂46時代と同事務所に在籍したのか
先輩の乃木坂46は、卒業してもグループ在籍時と同じ事務所である乃木坂46合同会社に個人として残る選択肢があったが、平手以前はSeed & Flower合同会社にそのシステムが整っていなかったため、欅坂46メンバー卒業生に同事務所に残るという選択肢がなかった。いわば、平手がその道を切り開いた形だ。
ただ長濱の場合、欅坂46時代もソロで数々のバラエティー番組やドラマへの出演をしたり、ラジオパーソナリティーを務めるなど多方面で活躍していた。また彼女の1st写真集「ここから」は累計発行部数20万部を突破するなど、個人として高いタレントパワーを持っていた。
長濱が芸能活動を再開するなら引く手あまたであっただろう。彼女が望めば他に多くの有名タレントや女優を抱え、個人で活動することに実績ある事務所へ所属することもできたはずだ(乃木坂46卒業生の中にも女優志望であることから古巣には残らず、多くの演技派の役者を輩出する事務所へ移籍している者もいる)。
しかし、彼女はその道を選ばず、平手に続き個人として欅坂46時代と同じ事務所に所属する2人目の人物となった。在籍していた欅坂46や後輩・日向坂46への想いももちろんあっただろうが、最も大きな要因はそこに平手がいたからではないだろうか。
「平手の近くで過ごせることは自分の幸せ」
筆者がこれまで幾度となく平手・長濱の“てちねる(てち=平手の愛称)コンビ”の盟友ぶりについて記してきた(平手友梨奈・欅坂46での1617日の軌跡 #2、#3、#4など)ように、長濱は欅坂46に加入した当初から平手によく相談し頼ってきた。
また17年12月付のトークアプリで発信した会員向けメッセージでは、「平手の近くで過ごせることは自分の人生にとって大きな意味があり、幸せなこと」と語ったり、雑誌「BLT」(18年3月号)でも「めちゃくちゃ好きなんですよ。平手のことが」などと、事あるたびに平手への強い想いを明かしている。
グループ卒業発表前も平手と食事に行くなど、進退について相談していたのだろう(参照:「平手友梨奈・欅坂46での1617日の軌跡 #6」)。自身の卒業イベントの展示会でも平手へのメッセージカードに、「いつもありがとうね。またしゃぶしゃぶ行こうね」と2人の親交は続いていくことを想起させていた。
他にも長濱が卒業後、連絡を取っていた別事務所に移籍した元欅坂46メンバーもいたようだが、彼女たちの事務所に行くことはしなかった。
いずれにしても平手が切り開いた「個人として欅坂46と同じ事務所に所属する」という初の前例がなければ、その4カ月後、長濱が導かれるように平手に続きSeed & Flower合同会社所属になることはなかっただろう。
平手も長濱に進路相談を受けていた可能性
逆に平手も、長濱に進路などを相談していた可能性がある。昨年「ROCKIN’ON JAPAN」(19年6月号)で、受験生となる高校3年生になっても、平手は家庭の方針で大学進学までは当然とされていることに、「ずーっとイヤだった」と抵抗感を持っていたことを語った。またライブ活動や音楽番組の出演などで多忙に過ごしていたため、大学受験はしないように見えた。
しかし昨年12月、自身のラジオで突然大学受験のため勉強していることを明かした。その際まだ理系か文系かも決めていないようで随分遅い受験勉強だと感じた。
ここに同年7月末欅坂46を卒業し、通信大学で学ぶことを決めた長濱の影響がありそうだ。長濱は頭脳明晰で勉学への意欲が高いにも関わらず、自身が現役受験生である高校3年生当時、アイドル活動が多忙なため進学を諦めた経緯がある。その後、欅坂46を卒業し将来を考え、20代からでも通信大学で学ぶことを選んだのだろう。
平手は「Numero TOKYO」(20年3月号)で「高校3年生は人生に一回しかないし。今、ちゃんと勉強しておけば、受けたいと思ったときに受験することもできる」と、現役合格にこだわらずとも勉強に励んでいる発言をしており、大学受験で紆余曲折を経た長濱に助言をされていた可能性は大いにある。
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