すいかばかと呼ばれる男<2>ハッパ64で10年に一度のすいかを

Koji Takano フォトグラファー
更新日:2022-06-26 06:00
投稿日:2022-06-26 06:00
 山梨県のすいかの生産量は全国で最下位の47位。その山梨県北杜市で、ひとりこだわりのすいかを作る男がいる。寿風土(ことぶきふうど)ファームの小林栄一さん(56)である。小林さんは「すいかばか」としてすいか好きには知られた存在だ。

ある日のすいかの思い出

「すいかばか」と呼ばれる男、小林栄一さん/(C)Koji Takano(以下同)
「すいかばか」と呼ばれる男、小林栄一さん /(C)Koji Takano(以下同)

 茶の間で新聞を広げ、家族で囲んですいかに包丁を入れるーー。

 そう聞いただけで、花火、夜風、蚊取り線香の香り、テレビから流れる野球中継の音、今はいない父や母、祖父母と過ごした夏を思い出す。しかしそんな記憶を持つのもある世代から上の話で、今時は経験のない人が半数以上だろう。

 核家族化が進み、すいかは一度に食べきれず、冷蔵庫にも入れ難い厄介な存在。現在作られている多くのすいかはカット用で、その特徴は「実が硬くて崩れない」、「味は二の次」、「断面が見栄えよくキープできる」ものだという。

「桶の中に大きなすいかを入れ、蛇口から水をチョロチョロ出しながら冷えるのを待ち、食べるぞってなってふたつに割る。真っ赤な果肉を見た時のワクワクした気持ちや家族で食べた思い出は誰にとっても良いものなはずですが、そんな思い出を持たない人も多くなった。そんな方々に家族や友人との良い思い出を作ってもらいたいんです」

 小林さんは相変わらず、熱い口調で語る。

ビニールで覆われた6月のすいか畑

緑の川にゆらゆらと…
緑の川にゆらゆらと…

 6月のすいか畑はビニールで覆われている。その様は緑の川にゆらゆらと流れる友禅流しのようだ。訪れた頃には受粉が終わり、半分くらいはビニールが外され、伸びたツルが絡まりあう中に、小さなすいかの縞模様がチラチラ見えていた。

 小さいのにしっかり縞模様の見た目はもう立派にすいかなのが微笑ましい。畑のすぐ横を流れる釜無川が夜に空気を冷やし、朝方にツルと葉にたくさんの水滴が付く。水はけの良い砂岩質の土の上で、すいかは豊潤な朝露を吸い成長を続ける。

受粉を終えた畝(うね)からビニール外す

苦労してかけたビニールも受粉が終わると外してゆく

1株に2個のすいかだけ 水と養分が行き渡るよう余分なツルや芽は切り落とす

すいか1個に葉っぱ100枚が理想

 まず根元から4本のツルが伸びるように横に伸びる余分なものは切り、最終的に2本残すという。1本のツルにすいか1個がなるように調整するが、実は根元からなるべく遠く、ツルの先の方になるのがベスト。絡まり合うツルはまっすぐ伸びていくよう必要に応じて解き、伸びる方向を正す。

 水分や陽の光を吸収する葉っぱは、すいか1個につき100枚が理想的だと話す。

「株の根元からすいかまでの間に、100枚の3分の2ほどの葉っぱがついているのが、私が目指す丸ごと1個でおいしいすいかの成長具合です。『ハッパ64』とも言いますしね(笑)」

ツルの1本1本を見て整理する

雄花を手にして雌花を探し、一つひとつ受粉させる

余計なツルや、手前になってしまう根元に近いすいかは取り除く

目指すは「一生に一度のウマいすいか作り」

横芽を取るのはツルの先のあの、すいかのために
横芽を取るのはツルの先のあの、すいかのために

 日々増える葉っぱや手前になる小さな実も摘み取る。今日取っても明日はまた新たな横芽が伸びている。根気のいる作業を何度も何度も辛抱強く繰り返す。

「10年に一度(作れるか作れないか)のすいかを目指している。一生に一度(食べられるから食べられないか)のウマいすいか作りを目指している。それが毎年の目標、夢なんですよ」

ひと際葉の生い茂る中に選ばれたすいかがひっそりと育っている

 小さなすいかたちが大きく育ち、農園の前に並ぶまであと1カ月ちょっと。台風や冷夏など気候にも左右されがちで気が休まることはないというが、すくすくと育った「絶品のすいか」に出会える日を楽しみに待ちたい。

Koji Takano
記事一覧
フォトグラファー
1963年神奈川県横須賀市生まれ。日芸写真学科卒業後、外国航路の船乗りとして世界を股にかけ、出版社勤務を経て、現在はフリーのフォトグラファーとして活動。近著は写真集「東京の風に漂う」(銀河出版)。
http://www.kojitakano.com/

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


春の行楽、御朱印集めはスタンプラリーと何が違う? 作法やタブーとは
 山形県東部にある山寺(山形市)で自らの行いについて考える出来事がありました。我よ、御朱印集めがスタンプラリーと化してい...
この勇姿もあとわずか…去勢手術予定“たまたま”を記念撮影!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「クリスマスローズ」で究極のほっぽらかし園芸!怠け者でも花いっぱい♡
 猫店長「さぶ」率いる我が花屋のある神奈川は地球温暖化の影響もあり、ここ近年の特徴は卒業式に桜咲くでしたが、今年は入学式...
人は「趣味が合わない相手」と恋に落ちることがある
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
結婚、出産、身分の違い…仲良かった友達に会いたくないのはダメな感情?
 学生時代を毎日一緒に過ごした親友。でも、年齢を重ねるに連れて「あんなに仲が良かった友達なのに、今ではもう会いたくない」...
かわいい“たまたま”が大集合!夕暮れの集会の議題はなあに?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
立ち止まっていても時間が進むのなら…
 立ち止まっていても時間が進むのなら、いっそのこと急がなくても良いのかも。  人は人、自分は自分。
「委ねる」は読めるかも? 「委しい、委せる」はなんて読むのかな
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
仕事帰り、ぶつかりおじさんのちかん被害に遭遇!?  私はどう対処すれば…
 先日、電車の中で「ぶつかりおじさん」に遭遇し、周囲に分からないような形で身体を触られました。あの時、自分はどんな対応を...
選ばなかった人生を歩む「もう1人の自分」と話してみたい
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
魅惑の“たまたま”の横から…モデル!? に立候補した茶トラ君
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
“刺身のツマ”じゃございません! 存在感爆上がりの「かすみ草」最新事情
 猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花屋は、神奈川の片田舎にあります。  大企業の研究所が多数点在しているせいか、他民...
同僚A「昨夜、課長と歩いてました?」同僚B「私も見ました」って…。職場グループLINE公開処刑!!
 グループLINEは、仕事上でもとても便利な連絡ツールですが、時に意地の悪い人がいるのも現実…。  職場での公開処...
ギャラ飲み収入だけで年400万円の貯金達成!元キャバ嬢が浪費しないワケ
 経営者や著名人、人気のインフルエンサーも利用する「ギャラ飲み」なるサービスって知っていますか? 東京都内のみならず、全...
【求む2期生!】頑張るシンママの収入UPをサポート☆応募して豪華プレゼントGET!
 日刊ゲンダイが運営する女性webメディア「コクハク」では、メディア制作に協力してくださる「コクハクリーダーズ第2期生」...
雪解けの水とハミングと。
 雪解けの水がすごい勢いで山からくだってくる。  流れの音に耳をすませば春の訪れを知る。  澄んだ空気を感じ...