禁断の世界に足を踏み入れるしかない
厳しい人だと思っていた女性上司から
美沙さんの危険な兆候に気づいたのは、例の女性の上司でした。
いつも顔色が悪く、朝からあくびをしている、食欲がないのか昼食をとっていない、洗濯していない服を着ている……など、黄色信号が赤信号に変わりつつあると感じたとき、上司は美沙さんを呼び出し、残業をやめて体調管理するように、と言い渡しました。
「実は私も過労から鬱病になりかけたことがあるの。美沙さん、何か無理をしていない? 失礼だけど、当時の私に似ているような気がしているんだ。仕事以外のことでもかまわないから、私に話してくれないかな?」
上司のことばは胸にしみました。親身な良い人だったんだ、と気づいたのです。
それなのに家に帰り、ドアを開け、健斗が散らかし放題に脱ぎ捨てた衣服やシンクにためた食器と残飯の匂いを吸った瞬間に、
「上司は仕事で言っているだけだ。私の人生を賭けられるのは会社の人じゃない、健斗しかいない」
と思ってしまうのでした。
彼を失わないで済むのなら、何でもする!
困ったことになった、と美沙さんは焦りました。残業ができなくなれば生活費が足りなくなります。健斗に相談しましたが、
「わかりにくいな、ハッキリ言えよ! 俺が負担なんでしょ? わかったよ、実家に帰るよ!」
と言われると、
「そんなこと言わないで……! 私のやりくりがヘタなだけだよ。ごめんね、これからはちゃんとするね」
と、心にもなかったことを言ってしまいます。健斗に洗脳され依存していた美沙さんは、健斗を失うことが何よりも怖くなっていたのです。何とかして収入を増やす方法を見つけよう、と決心しました。
見つけたのは、絶対に健斗に知られてはならない方法でした。健斗が寝ている深夜にネットで「高額バイト」を検索したのです。
キャバ嬢、コンパニオン、ソープ嬢、AV女優、パーツモデル、脚フェチマッサージ、デートクラブ、チャットレディ……何をするのか想像がつかないものもありました。
堅い家庭に育った美沙さんには、一生縁がなかったはずの仕事ばかり。それでもこの中から自分にできるバイトを探さなければ、健斗と二人の生活を維持していくことはできません。
水商売はダメだと思いました。お酒の匂いで健斗にバレてしまいます。デートクラブも、お客の食事やバーに同伴するのでダメ。AVはネットからバレてしまいそう。選択肢は風俗しかありませんでした。
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