ステージ衣装用の真っ赤なランジェリーで“魔法”にかかった

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2022-11-21 13:40
投稿日:2022-11-20 06:00
 書店員として本を売りながら、踊り子として舞台に立つ。エッセイも書く。“三足の草鞋をガチで履く”新井見枝香さんの月イチ連載です。皆さんは、下着売り場の試着室でのほろ苦い体験、ありますか?

劇場のステージ上で「図書館本」を受け取る

 ストリップ劇場のステージで、お客さんから『ブラを捨て旅に出よう』という文庫本を受け取った。

 フィルムでコーティングされた、いわゆる図書館本である。本を売る仕事の人に、借りた本を貸すとは、なかなか色んな意味ですげぇなと驚いたが、そういったハードルを「今あなたに読んで欲しい!」という強い気持ちだけで飛び越えてくる人を、私は嫌いではない。

 ただ、さすがに持って帰るわけにはいかないから、次の出番までに読んで返さなくてはならない。さすがの私も、ザッと斜め読みするのが精一杯だ。

 それは貧乏乙女が世界を旅する旅行記で、〈下着にポケットを縫い付けてお金を隠す〉という話が目に付いた。

 確かに治安の悪い国では、お金の隠し場所に気を使う。女性ならパンティだけでなくブラジャーもあるから、男性よりも隠し場所が多い。しかもブラジャーなら、ポケットを縫い付けるまでもない。ふっくらと膨らんだブラパッドを仕込むポケットの収納力は、なかなかのものである。

衣装を求めてランジェリーショップへ

 ストリップのステージで、衣装として真っ赤なブラジャー(Aカップ)とショーツとガーターベルトが必要になり、インポートものを扱うランジェリーショップに行ったら「そういったサイズはございません」と門前払いで、私に合うブラジャーなどこの世にひとつもないような心地になる。

「そういったサイズ」は、Amazonで探して取り寄せるしかないのだろうか。できれば下着は、試着して選びたかった。それに、次の公演まで日にちがない。

 そういえば、西銀座デパートの地下は、フロアのほぼ全てが下着売場だった気がする。思い付いて足を運ぶと、ショップを片っ端から見て回った。

 漸(ようや)く理想の下着を見つけたのは、売場の端っこにある小さなインポートランジェリーショップ。どこも取り扱いが少ないガーターベルトと、揃いのAカップブラジャーを探すのは至難の業であった。

 試着してみると、カップは余っていないし、ガーターベルトもしっかりとした作りで、かの有名な「サルート」よりもお手頃な価格だ。申し分ない。

 ところが店員さんは、別のサイズも着てみないか、と言う。試しに着けてみると、ぴったりだ。なるほど、ポケットにパッドがあらかじめ仕込まれている。

「ビビデバビデブー!」の魔法

 しかも私の胸は左が大きいので、それに合わせて左に1枚、右に2枚。さらに店員さんは、脇におっぱいがはみ出ているから、パッドを追加して、もっと大きいサイズにしたほうがいい、と言う。

 それはただの脇肉……と思いつつ着用すると、店員さんが「ビビデバビデブー!」と魔法をかけ、おっぱい周囲の肉全てをカップにぶち込んだ。

「いかがですか?」

 Eカップの上には、ふっくらとおっぱいが盛り上がり、脇肉のぷよぷよが消滅している。イッツミラクル!

 ステージで踊るどころか、両手を振って2、3歩歩けば、あっという間に魔法が解けることはわかっていた。この状態は、サウナの後に水を飲まずに体重計に乗るようなまやかしだ。

 しかし私のおっぱいは、店員さんの期待に応えたかった。マラソンの高橋尚子選手が、小出監督の期待に倒れるまで応えたように、会計のレジまで走り抜けよう。

真っ赤なブラジャーが欲しかっただけ

 翌日スタジオで着用し、全身鏡に映った下着姿は、イメージしていた〈初めて好きな人の前で服を脱いだ乙女〉ではなく、〈不倫に慣れきった熟女〉でしかなかった。

 Aカップに比べ、Eカップはブラの布地がやたら大きく、パッドでぼってりと膨らんだ様が、薄い胸の儚さを根こそぎ奪って、逆効果でしかない。

 そもそも私は、胸を大きく見せるブラジャーを探していたのではなかった。Aカップの胸でパカパカしない、真っ赤なブラジャーが欲しかっただけなのであった。

 次回は「ガーターベルトの付け方編」を予定している。下着の悩みは続く。

 後ろ側のベルトは、腿の裏ではなく横に着けるなんて、学校では教えてくれなかったよ!

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「写ルンです」が流行る若者のレトロブームは、何を写しているのか
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
寂しがる親との距離感、よい解決策は?大人になるほど複雑に
 みなさんは、親との距離感って考えながら付き合っていますか? ベタベタしすぎず、ドライすぎず、お互いを尊重し合えるのが理...
親ガチャにハズレた! 5つの苦い思い出とそこから一歩を踏み出す方法
 生まれる時、私たちは親を選べません。どんな親のもとに生まれるかは、ガチャガチャのごとく運次第。  大人になるにつれ「...
何が起こった? 街にあふれる人に少し違和感を抱いて
 いつも、穏やかな参道にただようちょっと物々しい雰囲気。  何があったかは分からないけど、思わずカメラを構えた。 ...
40女開運が気になるお年頃!金運UP「雑誌付録の財布」どう活用する?
 今回ご紹介する雑誌付録は、人気キャラ「マムアン」のインテリアBOXとフォーチュンアドバイザー・イヴルルド遙華さん監修の...
キッチンに馴染む 無印良品の「真っ白な消火器」買いました
 突然冷え込んで、一気に冬っぽくなってきました。この時期になると我が家の近所では見回りの小さな消防車が「カンカン」と音を...
ニャルソック発動中!カメラバックに夢中な“たまたま”の後姿
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
花にも高温の後遺症!パンジービオラ「茎がビローン」をバッサリde解消
 いきなりの寒さです。猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花屋は、まぁまぁ暖地の神奈川にございますが、ここにきて例年通りの...
モテないのは「太ったから」ってさぁ 女友達の素直すぎるLINEにグサッ
 自分にも人にも素直な人は魅力的ですよね。言葉に計算や嫌味が隠れていないため、付き合いやすく感じるはずです。 ...
なぜ独身女性は性格に難ありと思われるの? “訳あり女”回避に大事なこと
「いいトシして独身の女性は性格に難あり」なんて言葉を聞くことがありますよね。独身の女性は「私も周りからそんな風に思われて...
すべてはそこから 人も食べ物も「相手を知る」と好きになる
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
子供も自分も波風立てずに守りたい! モンペア級要注意ママ友の見分け方
 子育て中はママ友との付き合いは少なからず避けられません。もちろん、気の合う人もいるでしょうが、中には要注意人物やモンス...
発達障害疑惑の長男が知能テストで高得点…医師の診断に母の心は晴れない
 ステップファミリー6年目になる占い師ライターtumugiです。私は10代でデキ婚→子ども2人連れて離婚→シングルマザー...
戦いごっこの兄弟を激写!純白のツー“たまたま”はまさにお宝
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
マウント地獄は住んでから…ゴミ捨て顔作りは当然!タワマン住民あるある
 華やかなイメージのあるタワマン生活。誰よりも高い場所から街の景色を見下ろせるのだから、とてもいい気分だろうなと想像して...
生活感がない世界が一閃切り開かれる瞬間をみた
 生活感がない世界が一閃切り開かれるよう。  巨大な建築物と、血管のように張り巡らされた路線と、時間に正確な鉄道と...