「渋谷・円山町のスイーツホテルに行ってみたい!」編

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2023-01-21 06:00
投稿日:2023-01-21 06:00
 書店員として本を売りながら、踊り子として舞台に立つ。エッセイも書く。“三足の草鞋をガチで履く”新井見枝香さんの月イチ連載です。最後の一文を読み終えた途端、「渋谷 スイーツホテル」と検索したくなる気持ちを大事にイキていきましょう……!

10代の頃の思い出

ふらふらと(写真:iStock)
ふらふらと (写真:iStock)

 渋谷でレッスンを終えたあと、ひとりで一杯飲んで帰ろうかと、ふらふら道玄坂を登った。10代の頃から、ビジュアル系バンドのLIVEで「ON AIR EAST」や「ON AIR WEST」にはよく足を運んだものだが、あらためて見回すと、その辺りは立派なラブホテル街である。

 そういった施設に目が向かなかったとはいえ、恋愛に興味がなかったわけではないのだ。四六時中、好きな人のことで頭は一杯だった。

 けれど、麗しきバンドマンと結ばれる妄想は、即物的なラブホテルなんかではなく、ヨーロッパの古城や宮殿でなければならない。頭を振って拳を振り上げ「かかってこいやー」と絶叫する黒尽くめでも、心は夢見る乙女だったのである。

ピンク色のお城の正体は?

お菓子の家だ!(写真:新井美枝香、以下同)
お菓子の家だ! (写真:新井美枝香、以下同)

 そんなことを思い出し、どこをどう歩いたものか、気付けば細い路地に迷い込んでいた。そして私は、思わず立ち止まる。目の前に、特大のクッキーとホイップがデコレーションされた、ピンク色のお城が聳(そび)え立っていたのだ。

 夜の渋谷にライトアップされ、何のテーマパークかと見上げていたら、腕を組んだカップルが、ワッフルコーンの扉に吸い込まれていく。どうやらここは、そういうホテルらしい。

 なぜだろう。彼らがここでする行為はわかりきっているのに、不思議と嫌悪感がない。いいな、とすら思った。ひとりで泊まるのではなく、女子会プランでもなく、異性とセックスをするために泊まってみたい。

 アリスが穴の中に落ちたように、ここは私にとって、勇気を出して飛び込むべき入り口なのかもしれない。

鶯谷で生まれ育った

 鶯谷という地に生まれ育ったせいで、ラブホテルとは、豆腐屋や米屋と同じく、友達の家の商売のひとつだった。ラブホテルの経営で子供を育てるのは、珍しいことでも、恥ずかしいことでもない。

 子供がベッドメイキングの手伝いをすることもあったし、そこで大人が子供に何かを隠すような素振りもなかった。しょんべん小僧が立つ入り口の噴水だって、毎日見ていれば、学校の池と同じである。

 鶯谷を離れてから、一度だけ北口のラブホテルを利用したことがあるが、誰かの実家としか思えず、全く白けた気分で過ごしたのだった。

ラブホテルがもたらす効果

ラブホテルだった!
ラブホテルだった!

 ところが先日、都内某所にあるアジアンリゾート風ラブホテルに誘われ、目から鱗が落ちた。その完璧に作り上げられた世界観のおかげで、そこが錦糸町であること(あ、言っちゃった)を忘れ、我に返ることなく、終始開放的で大胆に過ごせたのだ。

 平日の昼下がりに、部屋は満室。ロビーには何組ものカップルがいるはずだが、生い茂る植物でほどよく視界が遮られ、南国の鳥が鳴く声で男女の会話は中和されている。

 フリードリンクやフリーフードを自由に取って、ソファやマッサージチェアで寛いでいると、他人がセックスし終わるのを待っているのだということが、優雅なことにすら思えてくるのだ。

 やがて通された部屋には、天蓋付きベッドからサウナまであり、ベッドにダイブしながら「ちょっと海で泳いでこようか」などと言いたくなるほどのリゾートっぷり。純粋なる旅行でも、大抵のカップルは宿でいそいそとセックスをするものだ。このラブホテルなら、そのごく自然な流れを演出してくれるかもしれない。

新井見枝香
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元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

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