ゲストの何気ないリクエスト。実はその曲は…
麻美は投稿を見て、30秒ほど固まってしまった。
コメントには『通信切れた?』『どした?』『かたまった』などと、通信環境を心配する言葉が並ぶ。
「ごめんごめん、聞き慣れない曲名があったから」
そうは言っているが、かつての持ち歌。知らないわけはない。
なおかつ、その曲は、シングル曲のカップリングであるが自分がアイドル人生で唯一与えられたセンター曲なのだ。
『ゲスト:ごめんなさい。出過ぎたマネを』
その謙虚な反応に、麻美は愛おしさを感じてしまった。
他のコメントに返答することも忘れ、サービス精神で“幸福ジェネレーソング”の歌いだしからサビまでをアカペラで披露した。研究員たちはコメントとハート、そしてギフトでその歌声を賞賛した。
「ゲストさんがせっかく入ってきてくれたので、応えてみました。TOWER LOVER……だっけ? 結構マニアックなアイドルだよね。私、アイドル憧れていたから知っていたけど。なになに? 『今からでもアイドルになれる』? ありがとー」
言い訳がましい早口で、麻美は自分がその歌い手だとバレぬよう研究員たちに伝える。
『ゲスト:ありがとうございました。また来ます』
ゲストさんはそう残してラボから退出した。
ゲストは“正体”に気がついている
お昼も過ぎたのでそのまま配信は終了したが、麻美はずっとその存在が頭から離れなかった。
『ゲストさん』は、自分に気づいている。
恥ずかしくもあったが、それ以上に嬉しさからくる高揚感が胸の奥から湧き上がってくる。
今でも、自分を気にかけている人がいるなんて……。
身バレを恐れながらも、どこにでもあるニックネームだから大丈夫だと、とっさに昔の芸名をつけてルームの登録をしてしまったが、その時の浅はかな自分を麻美は褒めたいと思った。
――ゲストさん、研究員になってくれるかな。
麻美の期待通り、その日ゲストで入ってきた人は、“たわらば一生推し(^^♪) ”というアカウントで登録し、即日フォローしてくれたのだった。
彼の正体にも心当たりが
「『おはよう、まみりん』たわらば一生推しさん、おはようございます。どーも。最近毎日ありがとうね『シフト変えた』えー、プレッシャー。もしや夜勤? 夜勤率高っ! 午前配信だからそのとーりなんだけど。ニートとかいないの?」
一生推しさんは、プロフィール名やアイコンからわかるように、自身のファンというのは間違いなかった。そして、それとなく、思い当たる当時のファンがひとりいることに気づく。
「あのねー、TOWER LOVERって知ってる? そうそう、“たわらば”。この前はシラ切ったけど、私ね、実はね、その中の一員だったんだよ」
一生推しさんとだけで秘密を共有することに後ろめたさを感じた麻美は、配信で自分の過去をカミングアウトした。
みな、反応はゆるく好意的だったが、そのことがSNSで拡散され、研究員の爆増に繋がった。
――私、まだまだイケるじゃない。
麻美は、引退、そして出産以来、失っていた自己肯定感を再び得たような気がした。
この充実感。麻美は、ルームのDMを恩がある特定の研究員だけに開放する。
当然、『あの時のゲスト』さんこと、“たわらば一生推し”さんだ。
彼に直接お礼と、今でも自分のファンであるのか、改めて確認してみたいと感じたのだ。
【#3へつづく:燻る欲望を再燃させてくれたファンに麻美は…】
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