#2 友達の結婚、喜べないのはなぜ? 勝ち組を裏切りだと感じてしまう記憶

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-12-17 06:00
投稿日:2023-12-17 06:00

【高円寺の女・浜口沙恵32歳 #2】

#1のあらすじ】

 ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、芸人の卵や音楽仲間と毎日飲み歩いている。高円寺はうんざりするような現実から解放してくれるネバーランドのような街なのだ。

 先日、コンペに送ったアイドルグループの楽曲に対して、『お祈りメール』が届いた。

 ここまでしてくれる運営さんはまれだが、残酷な現実からできる限り避けたい自分にとって、この行為は余計なお世話だと思ってしまう。

「あー、これで一発当てて引っ越しをしようと思っていたのにな」

 有名どころのコンペだったので、密かに期待はしていた。

 そんな希望が潰え、襲ってくる絶望…それをせき止めるように、私は「そんなもんだ」を言い聞かせる。

 このアパートに住んで10年。そろそろ更新の時期なので、引っ越しを考えていた。

 もちろん同じ高円寺の中で。離れるつもりは一切ない。互助会付きの素敵な住環境は、バストイレ別より魅力的なのだ。

いつもの店に珍客が…

「え、今日は私だけ?」

 ある日、いつもの店に行くと、指定席は大学生らしき若者グループが通されていた。

 最近、売れている芸人さんたちが高円寺を紹介する機会が多い。

 希望に満ち溢れた清潔感がある彼らもおそらくそれらを見てきたのだろう。

「年末が近いからね。ナベさんも、レコーディングでNYに行ったみたいだし」

 女将さんはいつものしゃがれた声で教えてくれた。

 ナベさんは実は、有名歌手のバックバンドのメンバーだ。ほか、芸人連中は、年末年始の特番に駆り出されていたり、賞レースに向けての稽古で慌ただしそうだという。

 知り合いで店にいるのは、カウンターの志島さんだけ。並んで呑んでもかまわないが、酒以外にする話は見当たらない。

 私は彼に見つからないよう、少し離れたカウンターに腰掛けることとする。

半年ぶりの出会い

「――あれ、今日は沙恵ちゃんひとり?」

 しばらくひとりでいると、舞台役者の坂本さんがやってきた。彼がここに顔を出すのは、実に半年くらいぶりだった。

「うん、ひとり。坂本さん久しぶりじゃん」

「実は引っ越したんだよね」

 聞けば坂本さんは、所属劇団の本拠地がある三軒茶屋に引っ越したのだそう。この日は、高円寺にあるハコで公演をした帰り。懐かしくなって寄ったという。

「裏切者だー」

 人知れず引越ししたことを責めると、彼は「しゃーないって、仕事が忙しくてさ」と笑う。

 坂本さんの高円寺時代は、Uberのバイトに日々を費やしていた。仕事とは宅配のそれであろうと茶化すと、彼は得意げに首を振った。

「実は朝ドラに出てから、本業が順調なんだよね」

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


触りたくなるモフモフ! “にゃんたま”写真家の秘蔵の一枚
 世界で一番多くのにゃんたまωを撮影する、猫フェチカメラマン・芳澤です。  「いいえ、我こそがにゃんたま撮影数世界...
やっと妊娠も再び出血…病院から受け入れ拒否をされた妊婦
 みなさんこんにちは。結婚につながる恋のコンサルタント山本早織です。婚活や恋愛のコンサルをしている私自身が結婚後に女性が...
揉め事か!?威厳たっぷりボス猫候補の“にゃんたま”兄貴
 きょうは、小さな港地区のにゃんたま兄貴。  強くて賢くてカッコイイからみんなに一目置かれていて、次期のボス猫候補...
下降気味の運気を爆上げ!南国の愛され花「ハイビスカス」
「アナタ、なんで全身真っ黒なのよ! 喪服なのか! すぐやめなさい!」  先日とある著名な祈祷師の方に会うなり、いき...
2年間のバセドウ闘病生活を振り返る ~兆候から悪化まで~
 この連載もいよいよ終盤です。私は発覚から術後まで、およそ2年間にわたりバセドウ病と闘いました。甲状腺を全摘する手術を終...
おにぎり島をバックに…照れ屋な“にゃんたま”君の記念撮影
 ニャンタマニアのみなさんこんにちは。  きょうは、三角おにぎりみたいな形の島を背景に、にゃんたまω記念撮影にトラ...
指輪をつける位置には意味がある♡今の自分に合う指はどれ?
 指輪を購入する時、「なんとなくこの指にはめたいから」「この指にしか入らないから」など、気軽な気持ちで選んでいる方も多い...
原因は梅雨の湿気…プチ不調を撃退する食生活を栄養士が伝授
 気持ちのいい新緑の季節が過ぎ去ると、やってくるのが梅雨……。誰もが少し憂鬱になりがちなジメジメ時期を、少しでも元気に過...
屋根の上から危険を察知!逃走中の“にゃんたま”君をパチリ
 猫はタンスや冷蔵庫の上、キャットウォークなどの高い所が大好き。  高い所を好むのは、周りを見渡せて安全であること...
父の日に何贈る?「幸運の花」は家族円満のラッキーアイテム
「父の日」が近づいてまいりました。  今年の父の日は6月21日となっておりますが、「母の日」に比べて、この盛り上が...
「手術してよかった」術後半年で楽しく毎日を過ごせるように
 潜在的な患者も含めるとおよそ30〜60人にひとりの女性がかかると言われている甲状腺疾患。バセドウ病は、甲状腺機能が亢進...
猫に見下ろされる快感…裏側から見る“にゃんたま”の愛らしさ
 きょうは裏側から、にゃんたまωにロックオン。  ピンクの肉球、圧のかかったお腹もたまりませんね。  猫飼い...
妊活中の女性が悩む「パートナーの協力」…私が夫にしたこと
 みなさんこんにちは。結婚につながる恋のコンサルタント山本早織です。婚活や恋愛のコンサルをしている私は今、結婚後に多くの...
心と胃袋の友「コンビニ総菜」の夕飯が“皿1枚”で劇的に変化
 こんにちは。スタイリストのterumiと申します。  緊急事態宣言が解除されて(な、長かった自粛生活……)気持ち...
お手入れ中の“にゃんたま”侍…武士道の美は自己規律の精神?
 うどん県にある猫島へ、にゃんたまωの旅にやってきました。  船が着くと漁協の入口に猫達が集合しています。 ...
なぜ男性は女性に花をプレゼントする?男性心理を花屋が考察
「なんでプレゼントがお花なのかしら。ほかに欲しい物があったのに」  お誕生日などの記念日に、例えばアナタが彼氏やご...