「専業主婦は文句ばかり」戦略的バリキャリママの主張。家庭と仕事、手に入らないのは“努力不足”でしょ?

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-04-12 06:00
投稿日:2025-04-12 06:00

バリキャリ→量産型主婦への変貌に愕然

 平日の昼下がり。スタバは満席だった。

「杉山麗菜さんだよね。私、覚えている?」

「――あ、はい。荒川晶子さんですよね?」

「うふふ。今は…吉川なんだけれどね。ここお邪魔していいかしら?」

 なんという偶然。麗菜は驚きを隠せぬまま頷く。

 旧姓呼びなのはお互い様だった。

まるで「量産型の主婦」じゃないか

 彼女は相変わらずイオンの2階のバッグを持っていた。ペラペラのベージュのロングコートの中には、驚くことにエルゴに守られた小さい命がある。第二子だろうか。麗菜は頭の中で、必死に彼女の年齢を計算した。

「ウフフ。こんな再会があるなんてね」

 晶子は、ぱっちりとした目を皺で埋もれさせながら、麗菜に微笑んだ。化粧は最低限、髪は結わえただけだ。

 ――かつては何千万ものお金を動かす仕事をしていたようには見えない…。

 量産型の40代一般主婦、そのものだった。

「晶子さんは、この街に住んでいるんですか?」

 麗菜が尋ねると、「10年前、会社を辞めた後すぐ」と返ってきた。晶子の夫の勤務する会社が横須賀線沿線にあるのだそうだ。そして麗菜も同じ質問を返された。

「私は、結婚を機に引っ越して来たんですよ。育児もしやすそうな街ですし」

「あら、育児…というと、お子さんがいらっしゃるの?」

「今8カ月で一時保育に預けています。あと、お腹にも」

「ええ!? 年子なんて大変ね」

「……」

 なぜか、カチンときてしまった。
 

「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」

 年子育児が大変なことは承知している。純粋な反応に違いないが、ブランクを一度で済ませるために、麗菜は〝あえて”そうしているのに。

 保活において、この地では2子同時申請が加点やランク的にかなり有利であると聞いている。そうした上での戦略的な判断であるがゆえ、憐れまれる筋合いはなかった。

 麗菜は相手を心配するふりで反抗した。

「晶子さんの方がむしろ大変じゃないですか? 一番上の子は10歳くらいですよね。それに、その赤ちゃん…」

「そうそう。高齢出産だし、金銭的にも体力的にも大変よ」

 言い過ぎたかと過ったが、満面の笑み。晶子が鈍感でよかったと胸をなでおろした。

「今お仕事はされているんですか?」

 麗菜は、答えが分かり切っている質問を投げてみた。赤ちゃんを抱いているのだから、していないに決まっている。回答は、想定通り「いいえ」だった。

「私はこの子が生まれたら、すぐに復帰の予定なんです。しばらく時短になると思いますが、できる限り早めにフルで復帰しようと思います」

 麗菜が分かり切った質問をしたのは、彼女に対する無念を当てつけたかったのかもしれない。案の定、晶子の目の色がよどむ。

「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」

先輩ママの言葉は「言い訳」にしか聞こえない

 遠い目の晶子は、胸の上で眠る我が子をさすりながら、さらにつぶやいた。

「上の子が生まれたばかりの頃は、私もそのつもりだったな。でも、保育園に入れなくてね。結果的にはよかったと思う。第二子不妊だったし、コロナもあったから」

「大変でしたね」

 バトルに勝利した如き爽快感を同情の言葉で装いながら、麗菜は心の中で彼女を軽蔑した。

 ――晶子さん。それは所詮、言い訳ですよ。

 保育園はこの辺りであれば、選ばなければ供給も十分のはず。不妊治療だって、恐らく年齢的に時間がかかったのだから、もう少し早くから始めていればよかっただろう。晶子が結婚したのは20代の時だったと聞く。

 コロナ禍も、むしろ結果的に在宅勤務が促進されたこともあり、働くママが受ける影響として悪いことばかりではない。なにより、何もせず愚痴ばかりの晶子にうんざりした。ため息も出ないくらいに。

 晶子は愚痴るように、さらに続けた。

「結婚と仕事の両立はできないよ?」クソリプにはウンザリ

「復帰後は大変よ。子どもはすぐ熱だすし、小学校で時短解除なんてできないよ。キッズも学童も遅くまで預かってくれないもの。しかもその頃には、子どもも意志を持っちゃうからね。あと、親が呼びかけないと、勉強もしないし…」

 口を開けば否定ばかり。

 ただ、これは年長者によくある、心配にかこつけた呪いなのだと、麗菜は今までの経験則で戒める。

『就職活動は大変だよ?』
『女性は大きな仕事を任せてくれないよ』
『結婚も、仕事も、子どもも、なんてできないよ』
『子どもなんて、欲しい時にすぐできないよ』

 これは、麗菜が大学生の頃、仕事も恋も手に入れたいと夢を語った時に、人生の先輩方からかけられた余計な助言だ。つまりSNSで言うとクソリプ。

 しかし、結局、今に至るまで全くその通りになっていない。

 麗菜は全て手に入れてきた。未来の困難に素直におびえていたあの頃の自分が、とても馬鹿らしかった。

「ご教示、ありがとうございます。だけど私は、大丈夫です。制度も、支援やサービスについてもちゃんと、調べているし、準備もしています」

 麗菜は目の前の晶子をじっと見据えた。晶子に言い聞かせるように。

「そうよね、がんばって。時代が違うものね」

 また言い訳。麗菜はもううんざりしてしまった。

 ネガティブな相手とはいるだけでHPが減る。

 もう、こうやって面と向かって話すことはないだろう、そんなことを考えながら、手元のTOEICの参考書をこれ見よがしに鞄に仕舞った。

不思議な誘いが晶子から届く

「一時保育のお迎えのお時間なんです。晶子さんはごゆっくり」

「そうなんだ。じゃあまた」

「また」

 心にもない“また”を別れの言葉に変える。

 しかし、その数日後、麗菜は晶子から不思議な誘いを受けたのだった。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


私が稼ぐしかない!「月経ディスク」で起業、元居酒屋店員の猪突猛進人生
 パワフルの塊のようなアラサー女性がいます。「株式会社MONA company」代表取締役の向井桃子さん(35)。生理用...
月経ディスクにベットする女の覚悟「ストレスを減らす手伝いがしたい」
 生理用品の一種で使い捨て可能な「月経ディスク」を企画・販売する「MONA company」代表取締役の向井桃子さん(3...
3万のフレンチ? 1カ月の食費ですけどー!心で泣いた“女子飲み”の誘い
 仲良くしている友達や、恋愛対象として見ていた人との会話で「私とは住む世界が違う……」と感じた経験はありませんか? 今回...
【45歳からの歯科矯正】歯科矯正の洗礼か! 頬がこけ、そして便秘に…
 総費用160万円かけてワイヤー矯正(表側)に踏み切った“40代半ば婦人”の歯科矯正ほぼほぼリアタイ体験談です。  今...
男性用のレース下着って知ってる?トム・クルーズと極道の「色気」の正体
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
やっぱりハブられてる? 飲み会に自分だけ誘われない理由と3つの対処法
 自分は仲良しだと思っていたグループで、自分以外のメンバーが飲み会をしていた…… なんてことが発覚したら、かなりショック...
察知できないから危険でヤバい!「ステルス地雷系の競わせ屋」の罠こわっ
 みなさんの周りには、どんなヤバい人がいますか? あ、いると決めつけてすみません……。でも正直、「この人、ヤバいな」とす...
縦も横もななめも…直線だけで造られた街の違和感と落ち着き
「なんだか不思議な風景だな」とファインダーを覗いたら、その理由に気がついた。  縦も横もななめも、すべて直線だけで...
私は佳代だよ、レイちゃんってかすりもしねえ! 関係が終わった決定打!!
 仲良しの女友達や意中の彼からのLINEでも、幻滅したり、縁を切りたいと思ったりすることはありますよね。  今回は...
40女スーパー銭湯でととのえず、ぴーちくぱーちくな先客にモヤった話
 スーパー銭湯が好きです。週末のランニングがてら、あちこちの施設に出向いております。広い湯船にざっばーん! からの~、サ...
まるで御神体のよう! 美しく雄々しい“たまたま”に幸せを祈ります…
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
どれくらい実践してますか? 家でできる環境にいいこと「7つの習慣」
 子供たちに限りある資源を残すためには、私たちの日々の努力が欠かせません。今回は、みんなが普段心がけている環境にいいこと...
胡蝶蘭はお祝い専用? 寺の住職から聞いた「お悔やみ花」としての需要
「つかぬことをお伺いしますが……」  猫店長「さぶ」率いる愛すべき我が花屋には、お客様から毎日のように“ちょっと困...
台無しなんですけど!家族旅行なのに「夫のイライラ言動」と4つの予防策
 世の女性の中には、せっかくの家族旅行中、「夫のイライラする言動」によって、楽しい雰囲気が台無しになってしまうケースも…...
“頑張り屋のメンヘラ”が「セルフラブ」という人生の処方箋を知りました
「セルフラブ」という考え方は、確実に私の人生に大きな影響を及ぼしています。  セルフラブについて学び始めた時「世界...
【にわか呑み鉄】電車とビール好きにたまらない「流鉄BEER電車」に参戦
 さる9月2日(土)、千葉県流山市で「電車好き」と「ビール好き」垂涎の1日限りのイベントが開催されました。  通常は入...