48歳、乳がん検診の「要精密検査」に衝撃を受けた私、独居暮らし男の孤独死に重なる…誰にも看取られない恐怖【赤羽の女・佐藤百恵48歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-06-14 06:00
投稿日:2025-06-14 06:00

ストロングゼロを煽っても眠りにつけなかった

 その夜、どんなにストロングゼロを煽っても、百恵は眠りにつけなかった。

 死の恐怖が心理的にも物理的にも迫っているのに、身体に悪いことをしているのは、それだけまだ大丈夫だと思いたかったから。

 ――このまま、気持ちよく死んでしまった方がラクかも。

 社保以外の保険に入っていないから、闘病するにも不安がある。心配もされたくない、ましてや実家にも帰りたくない。

 結婚も、就職も、ことごとくあぶれて来たのに病気や死のターンだけは簡単に波に乗ることができる現実にやるせなさを感じる。

 ふとその時。今は生きるよりも死ぬ方が最適解だと百恵は感じてしまった。思い付きで枕元の飲みかけのアルコールと買い置きの睡眠導入剤を交互に口に含む。しばらくすると、記憶が消えた。

48歳。相次ぐ友人の死。そして、百恵も……

 朝。

 清々しいほど陽の光がまぶしさで百恵は目が覚めた。身体は超絶重いが、生きていることを実感した。

『百恵? どうしたの?』

 スマホから声が聞こえてきていた。聞き慣れない声だ。

 画面を見ると、通話時間は1時間を超えていた。声の主は詩織だった。どうやら、寝ている最中に寝返りで誤発信をしていたらしい。間違いだとはわかっていたようだが、壮絶な唸り声で心配してずっと呼び掛けていたようだ。

「ごめん、恥ずかしい所見せちゃって」

『よかった、大丈夫そうで』

 大丈夫。

 何の気ない言葉。だけど、今の百恵には重く響いた。

 そういえば、詩織は「乳がんでひっかかった」と言っていたことを思い出した。以前、突き放したにもかかわらず、自分勝手だとはわかっている。

 だけど、なんでもいい、百恵は人間の温度がほしかった。誰かに存在を確認してもらいたかった。

 もしかしたら、数カ月後には、この世にいない可能性もあるのだから。

空白の20年。旧友たちが歩んできた人生

 翌日。

 突然の誘い、しかも、平日のお昼であったが、詩織と美鈴は赤羽駅にやってきてくれた。

「突然ゴメン。お茶でもする?」

 百恵の誘いに、ふたりは不服そうな表情で答える。

「赤羽に来て、お茶はないでしょう」

「昼飲みしようよ」

 百恵は快くそれを受け入れた。乳がん疑惑があるのに。そんな自分になぜか安心してしまう。

 美鈴が電車の中で調べたという、昼飲みできる若者向けの居酒屋に入り、ビールが来たところで美鈴が口火を切った。

「友達と飲み屋に入るなんて久しぶり。離婚してよかった」

 美鈴は、子どもの高校卒業を機に長年不倫とモラハラに苦しめられていた夫と離婚したという。慰謝料をたくさんもらって、今は悠々自適の生活だとか。なんと赤羽に最近越して来たらしい。

「久々のひとり暮らしだから、最初にひとり暮らしした街に来たみたいな」

 美鈴の一通り近況を聞いた後、次は詩織が口を開いた。

「今さ、親を介護していて」

介護に病気…話しやすい空気を作ってくれた?

 詩織は、5年まえに会社を辞め、現在は在宅でライターの仕事をしながら介護をしているという。しかも、意外と近くの十条に住んでいるのだそうだ。

「別に嫌々じゃないよ。親とは仲がいいし、私も鬱と乳がんが一気にやってきた頃だったからね、親を理由にして会社から逃げちゃった」

 詩織の病気の話題が出たところで、百恵は自分のターンが来たことを確信する。ふたりは、百恵に何かあったことを察し、話しやすい空気を作ってくれていたのだろう。

 その優しさに乗じ、すぐさま、健康診断結果の話をする。察しのいい詩織は、すぐに百恵が欲しかった答えを与えてくれた。

なんだか、あの頃に戻ったみたいだ

「乳がん検診は、1割は要精密検査の診断をされるっていうから、そこまで深刻にならなくてもいいよ。でも、心配だろうから、私の通っていた病院紹介するよ」

「え、いいの?」

「名医がいるのよ。私も紹介で見てもらったの」

 すると美鈴も先日、腰を痛めたということで整形外科の名医に通っているということを話しだした。

「本当にいい先生なの。イケメンだし」

「イケメンだからでしょ」

「いやいや。生理あがっちゃってるし、今さらそんな」

「もうあがったんだ。いつ? どんな感じ?」

 絶賛更年期中の百恵は食い入るように美鈴の話を聞きだそうとする。いま、癌の話題と同じく、リアルタイムで知りたいトピックだった。

 あたりは暗くなってもおしゃべりは止まらず、気がつけば、百恵は『毎々』に詩織と美鈴を連れて行っていた。

 ママさんも笑顔で受け入れてくれて、明るい彼女たちはヤスさんの死で沈んでいたお店の雰囲気に新しい風を吹き込んでくれていた。

「じゃあ、詩織の言っていた病院予約してみるね」

「また会おう、じゃあね」

 終電で帰っていった詩織。眠くなったと美鈴は百恵の家に泊ることになった。

 ――なんだか、あの頃に戻ったみたい。

結局、いろいろあっても行きつく先は同じだ

 6畳のフローリングの上にそのまま眠る美鈴の寝顔を眺めながら、百恵はしみじみと思い知る。

 結局、いろいろあっても行きつく先は同じだということを。

 人生のライフステージでマウントをとっていた、とられて苛立っていた、あの頃が懐かしい。

 結局、みんな、老いて、死ぬのだ。どんな人生であっても老いや死は誰にでも訪れる。恐れていたって、恐れていなくたって、結局同じ。

 美鈴のいびきを聞きながら、百恵は詩織に紹介された病院の予約をネットで済ませた。赤羽に戻ってきた彼女たちと、もう一度あの頃のような時間をともに過ごしたいと思ったから。

 ――年を取るのも案外、楽しいかな。

 百恵はとりあえず化粧だけでも落として寝ようと洗面台の前に立つ。ずっと嫌だったタルミと皺が、なんだかどうでもよく思えてきたのだった。

Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


男性が恐怖に陥った…女性の“黒い本性”が見える怖いLINE5つ
 LINEは気軽に文章を送れてしまうからこそ、言葉の端々に相手の本性が表れやすいもの。今回は、LINEで男性たちを恐怖に...
疲れることはしたくない…ズボラにおすすめのイライラ解消法
 日々の生活の中でイライラしてしまう時もありますよね。私はそんな時、解決法を調べて試してみたりするのですが、なんかスッキ...
見かけたら超ラッキー! 幸運を招く“かぎしっぽにゃんたま”
 きょうは、幸運を招くにゃんたま君が横切ります。にゃんたまωだけでも有難いのに、「かぎしっぽ」の持ち主なんです。 ...
心理カウンセラーの資格取得はSARAスクールがおすすめ!女性に人気の通信講座の魅力をリサーチ♪
 “ストレス社会”と言われる現代、人の悩みに寄り添える「心理カウンセラー」は人気の職業です。一見、難しそうな印象がありま...
見ごたえ抜群!ご利益がありそうな輝く「パンパスグラス」
 猫店長「さぶ」率いる我が花屋では、毎年秋になると“アノ植物”の処理のため、スタッフ全員の手がキリ傷だらけになるのでござ...
千里の道も一歩から!今よりちょっと自分を好きになれる方法
「自分のこと、好きですか?」と聞かれた時、あなたは自信を持って「好き!」と言えますか?  私はこの質問に対して、すぐに...
“にゃんたま”を4タイプに分類!今日の男の子はどのタイプ?
 男のもうひとつの顔、にゃんたまω。これを、シャープ・エレガント・ソフト・ダンディ、と4つのにゃんたまωタイプに分類する...
1年後の未来を変えるために! 適切な目標設定をするコツとは
 現状に不満があるときこそ、自分を変えるチャンス。1年後や3年後の未来を変えるために、今できることがあればやっておきたい...
思わず大爆笑♡ 癒される&可愛いおばあちゃんからのLINE5選
 スマホが普及した現代。連絡ツールとして欠かせないLINEは、今や年配の方にも広がっていますよね! 今回は、そんなLI...
横浜の秘境!「寺家ふるさと村」で癒される 2021.8.13(金)
 港町のイメージが強い横浜ですが、豊かな田園風景も見ることができるのをご存知ですか?  ここは横浜市青葉区にある「...
自分を変えたい! 女性が急にイメチェンをする理由&メリット
 女性には、ある日突然「イメチェンしたい!」と思う瞬間があります。今回は、女性が急にイメチェンをする理由とメリットをご紹...
いつかキングに! 志高い“にゃんたま”の野心に満ちた眼差し
 きょうは、厳かに漢気が漂よう、にゃんたまω集会にお邪魔しました。  骨太マッチョなにゃんたま様、硬派で芯の強い一...
夏こそ必要な“植物生活”…小さな達成感と五感の刺激を求めて
 猫店長「さぶ」率いる我が花屋に、ある日、”おしゃべり好き”のお姉様コンビがお花を求めにやってまいりました。お店はカント...
カッコいい!完璧なポージングの美尻“にゃんたま”にうっとり
 きょうは、にゃんたま君の、漢の、カッコイイお尻です。  わ・る・な・ら・ハイサワ~♪ でお馴染み、ハイサワー「美...
悲しみはいつまでも続かない!どん底でも前を向くための考え方
 離婚や失恋といった悲しい出来事があると、いつまでもこの悲しみは続くんじゃないか……なんて思ってしまいますよね。恋愛だけ...
ヒマワリパワーでコロナの夏を乗り越えよう 2021.8.8(日)
 夏本番ですね。とはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、首都圏はまたしても緊急事態宣言が発令中。鬱々とした気分を吹...