「なめられてたまるか」出産直前、夫は女と沖縄へ…密会場所に乗り込む“元ギャル妻”の計画【平塚の女・足立亜理紗 29歳】

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-08-09 11:45
投稿日:2025-08-09 11:45

子供が夫の浮気相手に起こしたありえない行動とは

 サンベッドの上の女はサングラスをして寝転んでいた。おそらく寝ているのだろう。たわわな胸が一定の間隔で上下している。

 透き通った肌にしばし見とれる。虫刺されと子供のひっかき傷だらけの私の腕とは大きな違いだ。ネイルもピカピカ。彼女の綺麗なそれを見て、しばらく手入れから遠ざかっていることに気づく。

 十数分経っても、彼は現れなかった。

 そもそも来ていないのだろうか――いや、そんなはずはない。彼女のインスタの様子はもうひとり誰かが存在している雰囲気だった。売店にでも行っているのかもしれない。もう少し、待ってみる。

 私は何かあった時のため、女の様子を撮影しようと、子供たちを呼ぶことにした。

自撮りを装い、相手の撮影に成功

「はーい、背景までちゃんと映してね」

 小学生の息子・カンタにスマホを持たせ、女の姿が写るように広角で記念と称して写真を撮ってもらう。

 もちろん、自撮りでも何回か撮影した。自分の映りを気にして、何枚も何枚も撮るインスタ狂のママを装った。おかげでバッチリ彼女の姿を記録に収められた。

「もおママ、インスタの写真はいいからさ、早く泳ぎに行こうよ」

「私はいいわ。みぃちゃんが寝ているしね。莉奈と一緒に子供プールに行っていてよ」

「じゃあ、ジュース飲んだら行こうぜ、莉奈」

 2つセットのサンベッドに生後6カ月の我が子を寝かせていると、ふと気づいた。

 水中眼鏡を装着し、コンビニであらかじめ買って来たジュースを飲んでいるカンタ。彼が座っていたのは、隣の女のサンベッドの片割れだった。

私と正反対な容姿の彼女。話しかけた反応は…

「カンタ、だめだよ。そこ、隣の人の」

「え、そうなの?」

 息子はすぐに立ち上がった。女は無反応だった。気づいているのかいないのか…。

 しかし、サングラスの奥はもしかしたら目が開いていて、私たちの謝罪を待っているのかもしれない――そう思うと、ふっと背筋が冷える。

 無視するのは簡単なことだ。だが万が一、彼女が私のことを彼の妻だと知った時や気づいた時、「浮気されても当然な、性格悪い礼儀なし女」だと思われるのは癪だった。

「…すみませーーん」

 私は、軽さを装いながらも声を震わせて、女に呼びかけた。

「私のことですか?」

 女は一旦周囲をきょろきょろ見回して、サングラスを外した。どうやら息子の無礼に気づいていなかったようだ。

 ――しまった。なら声かけなきゃよかった。

「ええと。そちらのサンベッドに息子が座ってしまったようで。本当にすみません。ヤンチャ盛りなので…」

 しどろもどろの私を、女はじっと私を見ている。

 長いまつげ、すこし垂れた大きい瞳。いわゆるタヌキ顔のかわいらしい雰囲気。女優であれば清純派と言われて相応しい、そんな容姿。

 私と正反対な容姿なのが意外だった。そういうものなのだろうか。

ゾッとする女の視線。これから地獄を見るはず

 とにかく私は、息子の頭を掴み、そのまま押し下げた。

「ほら、謝りなさい」

「ごめんなさーい、お姉さん」

 息子はそれだけ言って、逃げるようにプールへ入って行ってしまった。私は乳児を抱いて、彼を追いかけた。

「ちょっとお、カンタ!!!」

 早足で息子を追いながら、正直、逃げてくれてよかったと安堵する。――あの女の視線が怖かったから。

 ちゃんと謝罪したのに、彼女は突き刺すような瞳で私を見ていた。あの反応なら、カンタが座ったことなど、気づいていなかったはず。

 ――「気にしてませんよ」くらい、言ってくれればいいのに。

 まあいい。これから、彼女は修羅場で地獄を見る。

 その時が来るまで、私は女へのヘイトをためる。ためにためまくる。時が来たら、こころゆくまでスッキリしたいから。

 私のシナリオではこうだ。

母としての自信はある。女としては…

 女がのんびりしているところに慶士がやってくる。カンタや莉奈は、すぐに「パパー」「なんでいるの?」などと言って駆け寄るだろう。彼はその時どんな顔を見せるのか。私は偶然を装って何も気にしないふりをする。

 夫のことだから、女は無視して、私と、子供を選ぶだろう。妻として、母として自信がある。…女としての自信はないけれど。

 「そういえば莉奈、置いて来ちゃった…」

 カンタが流れるプールの中でひとり遊んでいることを確認して、私はパラソルに戻った。

 女は再びサングラスをかけ、寝ころんでいる。莉奈はカンタの残していったジュースをおとなしくひとり、飲んでいた。

「ママー」

「ゴメンね、ひとりにさせちゃって」

「うん、だいじょうぶ。ねえママ、一緒にあそぼう」

 莉奈は私の手を小さな手でぎゅっと握る。平気そうな顔をして相当不安だったようだ。あの女は気になるが、ひとまずこの子を楽しませてあげたい、そう思った。

 自分が今、行おうとしている行動は正しいのか正しくないのかわからないけど、子供たちにはいつまでも笑顔でいて欲しい。

 私の一番はこの子たちなのだから。

彼は本当に大阪にいる?

「わかった。ちょっと待っていてね」

 防水のスマホケースを手に取ると、慶士からのLINEに気づいた。大阪万博のキャラクターのぬいぐるみの写真と共に『莉奈よろこぶかな?』とメッセージが入っていた。

『よろこぶんじゃない? あと、551も買ってきて』

『おけ。カンタ好きだからな。戻るのは明日の夜だけど、いい?』

 ためらいなど感じさせない、スムーズなやりとり。彼は本当に大阪にいるようだった。

「ママー?」

 莉奈は私に似たかわいらしい顔を斜めに傾げた。エルゴの中でスヤスヤ寝ている下の子を胸に、彼女の手をひいて、子供用プールに向かった。

 結局、このプールに来た意味はなかったようだ。

 燦燦照りの空の下。これからの時間は、私は子供の夏の思い出作りに自らを尽くそうと、気持ちを母親に切り替えた。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


見上げたら、ガラスの谷間の底にいて… 2023.5.15(月)
 深くて暗い地下からやっと地上に上がった頃には、じんわり汗をかいていた。 「ずいぶん来たな」と思って空を見上げたら...
テレビの音量は8、トイレ掃除は素手…理解不能な夫の実家の謎ルール!
 どんな家庭にも「我が家独自のルール」があるものですよね! 中には、他人には理解できない謎ルールもあるでしょう。でも、嫁...
すいかばかのレシピ~'23年<1>生産量ワーストの地で昆虫性のすいか作り
 4月の山梨県北杜市白州町。この地でひとり、こだわりのすいかを作る男がいる。通称「すいかばか」こと寿風土(ことぶきふうど...
心の中に「気が強い美女」を飼う効果 2023.5.14(日)
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
自分を「幸せじゃない」と思う人に62歳の童貞が伝えたいこと
 キミは「プロ童貞」を知っているか──。コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん...
62歳の童貞・山口明が語る二刀流時代「大谷君より早かった」
 キミは「プロ童貞」を知っているか──。コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん...
ひとり旅のメリットとデメリット 正しく天秤にかけて楽しい時を!
 家族や友人、恋人など誰かと一緒に旅行をするというのは、経験したことがありますよね。でも、ひとり旅って経験したことありま...
子アリ夫婦のつかの間デートに“夜パフェ” 2023.5.13(土)
 GWはみなさん、どこかにお出かけしましたか? 我が家は遠方から義母が飛行機に乗って遊びに来てくれたんですが、連休前日に...
親切の押し売り問題どう乗り切る? しても・されても凹む人への処方箋
 相手の親切心を受け取らないって、すごく苦しいですよね。たとえそれが自分にとってありがたくないものだとしても、受け取らな...
誰も歩かない小道、誰もいない海 2023.5.12(金)
 誰も歩かない小道を進んで、誰もいない海を眺める。  プライベートビーチっていうとちょっと違う気もするけど、このひ...
千葉で震度5強 3.11から12年「まだ終わっていない地震」と専門家指摘
 東京近郊の人は11日早朝の「緊急地震速報」にヒヤリとしただろう。同日午前4時16分、千葉県南部を震源とした最大震度5強...
花咲く庭で発見! モテランキング1位“たまたま”をパチリ☆
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「友達の夫が正直嫌い」女の友情を壊さない付き合い方のコツ
 大好きな女友達の結婚を喜んでお祝いしたのも束の間、「どうしても友達の夫が好きになれない」と悩んでいる女性は意外と多いよ...
ヤバ、膀胱が緊急事態…知らぬは“地獄”行き!トイレを我慢する方法5つ
 誰しも一度は、トイレに行けない状態で今にも漏れてしまいそうになった経験はあるはず……。バスや電車、会議中やトイレのない...
買い物って「小さな判断」の連続なんだ 2023.5.10(水)
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
花屋も「らんまん」に注目!紫の開運花ヘリオトロープを竹雄(志尊淳)に
 イケメンが大好物なワタクシ。ストレス解消のため、仕事の合間にTver(本当に神!)で深夜ドラマを見てはイケメン探しに大...