「クソださ…」田舎を自分の力で変えてやる――理想の“カフェ”を開いた女の野望と誤算。おじさんのたまり場にしないで!

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-10-19 11:40
投稿日:2025-10-18 11:45

【ある地方都市の女・根上朱里 32歳#1】

 根上朱里が生まれ育ったのは、東京から鈍行列車で2時間ほど揺られた終点にある港町だ。

 近年は都内から気軽に行ける観光地としても人気が高く、にぎやかで活気にあふれている場所である。――傍から見たら。

「クソださ……」

 買ったばかりの中古ビートルを運転しながら、シャッターと人工的な色味が混沌と交わった街並みを冷ややかに眺める。

 朱里はこの秋、生まれ育った地元に戻り、根を張ることにした。

 いわゆる、Uターン移住というものをしたばかりだ。

【関連記事】「世帯年収1500万じゃ恥ずかしい」御茶ノ水からの“都落ち”…武蔵小杉のタワマンを選んだ女のプライド【武蔵小杉の女・鈴木綾乃 35歳】

 東京のデザイン事務所に勤務したのち、フリーのイラストレーターとして独立し、一心不乱に駆け抜けてきた朱里。上京後、故郷にはお盆と正月に帰省する程度だった。

 しかし、コロナ禍で――しばらく実家で過ごし、ふと周りを眺めた時に見えたのは、すべてにおいて遅れをとり、個性が失われた風景であった。

 親しんでいた店や建物は全部消えていた。入れ替わるように出現していたのは、つけ焼刃の町おこしとチェーン店、ショッピングモール。舞台となったアニメの聖地巡礼を歓迎し、景色はアニメキャラクターに侵食されていた。

 駅前商店街も、東京でもよくみるおなじみの店ばかり。それ以外はマンションとパチンコ屋だらけ。ノスタルジーの欠片もなくて…。

 朱里は、いてもたってもいられなくなっていた。

“ダサい”地元に念願のカフェをオープンしたが…

 そして、月日が過ぎ…

「いらっしゃいませ。Café McGuffinへようこそ」

 限界を感じ、頭打ち状態だったイラストレーター業の傍ら、朱里は起業セミナーに通い、カフェでバイトをはじめた。そして、一念発起して地元でギャラリーカフェを開店したのだ。

 亡き祖母が生前暮らしていた海辺の自宅を改装し、ウリはお手製のスパイスカレー。インテリアにもこだわり、壁には朱里の絵や知人のクリエイターの作品が飾られ、それらはすぐに購入できるようにもしている。

 ゆくゆくは、地元で活動する若者たちのサロンにしたい――つまりこのカフェを、空虚な町のカルチャー創生の場所にしたいと朱里は考えた。

「のんびりしていい場所ね。うちの近くにもこんなカフェがあったらいいな」

 お客さん第一号は、東京から駆けつけてくれたデザイン会社時代の同僚・萌絵だ。彼女は店手仕込みのレモネードを傾けてつぶやいた。

「ありがとう。どんどん拡散して」

「拡散しなくても、きっとすぐ人気出るよ。失礼だけど、この辺り本っ当に何もないもんね」

 何もない街。耳に痛い言葉だったが、それは少し前の自身も抱いていた感想だから仕方ない。

 ――この場所を、地元の人にも早く見つけてもらわないと。

 駿河湾の穏やかな風に吹かれながら、朱里は希望に胸を膨らませた。

 すると、ガラガラと入り口玄関の扉を勢いよく開ける音が聞こえてきた。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


「夫の駐在時にね…」なぜあのコが?田舎の同級生“玉の輿婚”に心ざわつく
 独身時代は都心に暮らし、華やかな生活をしていた千佳。しかし、結婚を機に都内から離れ、武蔵境に住み始めた。しかし、妥協し...
豊洲の人生勝ち組妻でも幸せじゃない?彼女が裕福と引き換えに諦めた事
 独身時代は都心に暮らしていたが、結婚を機に武蔵境に暮らし始めた千佳。しかし、郊外のこの地を愛せない。そんな時、中学の同...
占い好きな成功者と占い好きな非成功者の違い…占いライターで一攫千金も
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
大人は「さようなら」とハッキリ言わないけど…
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
号泣しながら「愛の讃歌」を熱唱 なぜ人はスナックでダサい姿を晒すのか
 私はこれまで多くの夜の世界を見てきましたが、スナックは本当に不思議な場所です。  完全無欠のモテ人間ほど、なぜか...
この勇姿もあとわずか…去勢手術予定“たまたま”を記念撮影!
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
春の行楽、御朱印集めはスタンプラリーと何が違う? 作法やタブーとは
 山形県東部にある山寺(山形市)で自らの行いについて考える出来事がありました。我よ、御朱印集めがスタンプラリーと化してい...
人は「趣味が合わない相手」と恋に落ちることがある
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
「クリスマスローズ」で究極のほっぽらかし園芸!怠け者でも花いっぱい♡
 猫店長「さぶ」率いる我が花屋のある神奈川は地球温暖化の影響もあり、ここ近年の特徴は卒業式に桜咲くでしたが、今年は入学式...
立ち止まっていても時間が進むのなら…
 立ち止まっていても時間が進むのなら、いっそのこと急がなくても良いのかも。  人は人、自分は自分。
かわいい“たまたま”が大集合!夕暮れの集会の議題はなあに?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
結婚、出産、身分の違い…仲良かった友達に会いたくないのはダメな感情?
 学生時代を毎日一緒に過ごした親友。でも、年齢を重ねるに連れて「あんなに仲が良かった友達なのに、今ではもう会いたくない」...
「委ねる」は読めるかも? 「委しい、委せる」はなんて読むのかな
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
仕事帰り、ぶつかりおじさんのちかん被害に遭遇!?  私はどう対処すれば…
 先日、電車の中で「ぶつかりおじさん」に遭遇し、周囲に分からないような形で身体を触られました。あの時、自分はどんな対応を...
選ばなかった人生を歩む「もう1人の自分」と話してみたい
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
魅惑の“たまたま”の横から…モデル!? に立候補した茶トラ君
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...