対処法その3「浮気された被害者を共犯にする」
走り出してすぐ、ニイナミさんが言います。
「今日は関越道が渋滞していて、手前の松井田妙義ICで降りて下道で行っても、軽井沢の奥の佐久ICで降りても、結局軽井沢が大混みなので新幹線で行かれた方が早いと思います」
「ヘリは」
「今日は隆史(息子)さんが伊豆大島へ。自転車の練習とのことです」
「あのボンクラ。そら仕方ないな。お母ちゃん、ゴルフバッグ持てるか」
「なんでやねん。自分で持ってくださいよ」
「とりあえず東京駅やな」
ということで、怒りに満ちて半狂乱で徹底的に裁くつもりだった朝から1時間くらいしか経ってないのに、いつの間にか東京駅でチケットを買わされたり、お弁当やお茶を買わされたりしています。
ここで、ポイント3が発動です。自分に対して怒っている相手を、自分の計画の共犯者にさせる、ということです。軽井沢に行く計画に乗せることに成功したら、世話を焼かせることで計画の一端を担わせるのです。そのポイントは、徹底的にイノセントである、ということです。
「着いたら、うまいもん食わせたるけ、軽めのお弁当にしといてな、お母ちゃん」
この甘え上手っぷりには、あの時のことを今思い出しても、してやられたな、と生暖かく微笑むしかありません。守るべき愛するものが甘えると人は応えざるを得ないという人間の習性を巧みに利用しています。
これは無私、あるいは全私、もしくは赤ちゃんの境地です。長徳寺の願翁禅師が全人類に与えた問答「本来無一物」、これを81年の修羅場だらけの生涯で会得したひろし、もしくは生まれたての無垢なものにしか見えない世界です。
浮気をして半狂乱のわたしに殺されそうになっていたところから、東京駅で軽めのお弁当を買ってもらうという同じ世界線とは思えない状況。藤田東湖の「三たび死を決して 而も死せず」、死ぬと覚悟したものの強さなのか……。
否、イノセントなヤリチン@81歳、ほど最強なモノはいないということですね。新幹線に乗り込んでからも、「お母ちゃん、寒い」「お母ちゃん、足揉んで」「どしたんや。お母ちゃん。怖い顔やな。腹でも痛いんか?」「……怒ってるんか?」
うん、さっきから、ってか朝からずっと怒ってるよ。怒ってるんだけど、もしかして気づいてなかった? 腹が痛いわけあるか。なんなら痛いのは心だよ!
対処法その4「ノープランで慌てさせ、見切り発車の尻拭いで思考を封じ込める」
うん、あいみょんみたいに、死ねえええええええええええええええええ! ってなりつつも、ひろしの首元にストールを巻いてあげたり、足を揉んだりしてしまうわたし。前世で何億人殺したのでしょうか。
「あ、お母ちゃん、今日泊まるところ、ちゃちゃっと予約しといて。明日の朝は、わし、軽井沢ゴルフ倶楽部や。ちょっと寝るわ。お前のせいで寝不足やけんな」
ハアアアアアアアアアァアァアァアァ? 泊まるところ? み、見切り発車、え、これが文字通り、見切り発車ってやつですけど、何プラン? そういえばよく聞いてなかったけど、何プラン? 今日何しに行くの? わたしたち、いま何してるの? なんで軽井沢に向かってるんだっけ? てか朝、なんで軽井沢いくで、って言ってたんだっけ? え、明日ゴルフ? ゴルフやん、この人、普通にゴルフで軽井沢なだけじゃん。てか、とりあえず泊まるところ、予約しないといけないん!? ちくしょう。一番高いところを予約してやる。
といいつつ、当日なので予約サイトなどは使えず、もちろんスイートなども空いておらず、一度は泊まってみたかったルン♪万平ホテルのアルプス館を予約完了。
これです。ポイントその4、とりあえず巻き込ませておいて、見切り発車のノープラン。からの、ノープランだから手配しなきゃとわたしに慌てさせておいて、自分は高鼾のこの手腕。
まずわたしはそもそも軽井沢なんかに行きたくないし、できれば徹底的にとっちめて浮気の事実を吐かせたいし、全部がクリアになってからわたし自身の処し方を決めたいわけです。しかしクリアになるどころか、勝手にひろしのペースに巻き込まれ、しかも今日泊まるところがないといわれ、それは大変、とiPhoneを駆使しホテルを検索し始めちゃったわけです。
こうしてわたしは軽井沢に着くまでの間、ひたすら軽井沢のホテルについてググることに没頭していて、今朝のことを考える余裕はなかったのです。なんならホテルの予約したついでに、ディナーも検索しまくって、萬山楼まで予約しているわけです。このように自ら率先してディナーの予約まで取るわたしは、年の功サイコパスの術中に綺麗にハマってジェロントフィリアの海で息も絶え絶えでおります。
次回、究極の浮気バレ対処法、あと3つ(後編)に続きます!
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