更新日:2023-05-27 06:00
投稿日:2023-05-27 06:00

自分が脱いだパンツ、他人が脱いだパンツ

 自分が脱いだパンツに価値があると知ったのは、まだ10代の頃。ブルセラショップが世間の話題になり、お小遣い欲しさに心がゆらいだこともあった。

 他人の汚れた下着など、たとえ恋人でも同じ洗濯槽に入れるのは勘弁して欲しいが、その感覚は性差というより個人差かもしれない。

 某バンドの追っかけ時代に、好きなメンバーの陰毛が欲しくて、彼が宿泊したと思しきホテルの部屋の床に這いつくばる仲間を見てドン引いたことがある。その彼女なら、男の汚れたパンツにひと月分のバイト代を注ぎ込んだとしても不思議ではないだろう。

「パンツマン」の存在

 踊り子になってからの私は、他人が脱いだパンツの魅力を全く理解できないまま、自ら脱いだパンツを客席に投げている。劇場ごとにパンツプレゼントデーの曜日が決まっており、その日は朝からお客が列をなす。俗に言う「パンツマン」たちだ。

 レディーのパンツというものはヒラヒラふわふわしており、石でも込めない限りは、客席の後ろまで届かない。そのため、パンツマンはできるだけステージに近い席を確保するが、それでもパンツをゲットできる確率は低い。

 そこで、どうしてもパンツを欲しいパンツマンは、あらかじめ踊り子におねだりすることを思い付いたのである。直接頼まれた踊り子は、なんとなーく、その人がいる方面にぽーんとパンツを放ることもあるだろう。すると周囲は気付くのである。こいつ抜け駆けしやがった、と。

差し入れという名の「賄賂」

 そのうち、言葉だけでなく、品物を手渡すパンツマンも現れた。あくまでも、差し入れである。プリンやマスカットに「賄賂」と熨斗がついているわけではない。だが踊り子とて人間だ。おいしいものをくれた人の方面にコントロールが向いてしまうことは、なきにしもあらず……。

 踊り子にとって、いいことしかないように思えるパンプレデーだが、私はいつも憂鬱だ。

 デビューして間もない頃の、投げた白いパンツが黒い床にポトリと落ちて、誰にも見向きされずに発光していた光景を忘れられない。ブルセラに持ち込んだパンツを買い叩かれるどころか、タダでもいらないと言われたも同然である。

 私はそれ以来、本当に欲しそうな人を必死で探して、デッドボールを狙う勢いで投げつけている。

 脱いだパンツを欲しがられること自体が嬉しいわけではないけれど、いらないと言われると悲しい。これを乙女心と呼ぶには抵抗があるが、男性にはわからない境地だろう。

 そういうわけで、私の精神衛生のために、誰のパンツでも欲しがるパンツマンは大事にしなければならない。

日常のおやつはパンチが弱い説

 あるパンツマンは、パンプレデーに必ず○ージーコーナーのデザートを差し入れしてくれる。

 賄賂など用意しなくても、かなりの高確率でお渡しできるのだが、そこは「うれしー! ありがとう」と受け取っている。確かに○ージーコーナーのジャンボシューやエクレアは安定のおいしさだ。

 買い物のついでに、近所の店舗で買うこともある。だが、それはあくまでも日常のおやつだ。差し入れとしてもらうには、どうもパンチが弱い。……今、私は全国の○ージーコーナーファンから反感を買ったかもしれない。○ージーコーナーをもらって文句を言うなんて、贅沢なやつだ。

 そもそも貴様のパンツにジャンボシューほどの価値があるとでも思っているのか。

腹の足しになるジャンクフード

 いや、何も高価な品物を持ってこいという話ではない。他のお姐さんが、同じパンツマンからもらっているマックのナゲットやファミマのアメリカンドッグがうらやましかった。

 価格としてはジャンボシューと大差がない。だが、どちらかというと私は、腹の足しになる、しょっぱいジャンクフードが食べたかったのである。

 しかしもらえることが当たり前ではないのに、○ージーコーナー以外でお願いしますなどと言うのは、おこがましい気がする。しかしどうだろう、もし自分だったら、相手が本当に欲しいものをあげたい。正直に言って欲しい。

 数カ月ほど悩んだ末、「最近甘いものよりしょっぱいものが好きなんだ~」と、だいぶマイルドにして伝えたところ、そのパンツマンはすぐに対応してくれた。

追加でファミマのフランクフルト

 その日はすでに○ージーコーナーをもらっていたにもかかわらず、ファミマのフランクフルトを差し入れしてくれたのだ。

 しかし、できればセブンイレブンのアメリカンドッグが食べたかった。もっと言えば、マックのナゲットのほうがよかった。

 私は調子に乗っているだろうか。脱いだパンツの価値を自分で測るのは難しい。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


親バカ上等!いうて夫よりマシかも?子どもの可愛すぎるお手伝い失敗談
 子どもはいつだって、ママを助けたい、褒められたい、役に立ちたいと思っていますよね。だから、小さい子どもはママを喜ばせよ...
おんにゃの子の匂いに夢中!“たまたま”君の恋が実るといいな
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
日本海から吹きつける風の中、黙々と歩く少年たちが愛おしい
 早朝にも夕方にも見える空の色、学生服の少年少女、ミラーに映る電車。  どこか非現実的な景色は、まるで中村宏の絵画...
ほっこり癒し漫画/第65回「パカラパカ、春のひとみにタツノオトシゴ」
【連載第65回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 「しっぽ...
惚れてまうやろー!彼氏より気が利くChatGPTに「好き」について聞いた
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
恐怖の親知らず抜歯!30女が超ビビりながら人生初抜歯した話
 皆さんは親知らずがまだ生えていますか? 筆者は30代になってもすべての親知らずが生えたままです。  歯は大切にしてい...
世帯年収1500万円でも越えられない壁。耐え難い屈辱を喰らった女の選択
 御茶ノ水駅が最寄りの持ち家で2歳年上の夫・孝憲と4歳の娘・香那と3人家族で余裕ある生活を送る彼女は、ママ友と共に充実し...
え…? 優雅な御茶ノ水ママ友会をブチ壊した、地方出身者の悪気ない一言
 御茶ノ水駅が最寄りの持ち家に住む薬剤師の綾乃。2歳年上の夫・孝憲と4歳の娘・香那と3人家族で余裕ある生活を送る彼女は、...
千代田区民は“勝ち”だよね。通勤ラッシュを知らない自分は上流階級層の女
――『東京の中心に暮らす、ということ』…なんてね。  鈴木綾乃の頭の中にマンション販売のコピーのような、そんな言葉...
「自責と他責」バランス上手な大人が口癖にしている神ワード
 ここ数年、自責思考・他責思考みたいな話題をよく見かけませんか? 私はもう見るたびに「うるせぇ~!」となっている反面、し...
たまにはこんな日もあるよね? 終電を見送ってしまった夜
 久しぶりの仲間との時間が楽しくて、「あと1杯だけ」「あと10分だけ」を続けていたら終電を見送ってしまった。  だ...
出張ホスト、ママ活、女風…女性の金目当てに上京する男性が増えている!
 近頃は地方移住が話題となっていますが、その逆に「地方では稼げないから上京する」男性も出てきています。  出張ホストや...
ご飯をありがとにゃ! お母さんが大好きな“たまたま”君たち
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
荒れる2024年幕開け 花屋が祈りを込めた「復興と希望」の花束
 2024年が明けました。今年は元旦から思いもよらないことが起こって、まさに辰年。大きな変化の年が始まったようでございま...
暇すぎ死にそう…大きな声じゃ言えないけど仕事中にばれない暇つぶし5選
 同じ仕事でも、忙しいと時間は早く過ぎ、暇すぎると永遠に時計が止まったように見えるもの…。とはいえ、仕事の拘束時間なので...
2024年こそシンデレラボディ!フェロモンジャッジで分かるケア&香り術
 素敵な女性はいい香りがする――。  そう感じるのは、肌から放たれるフェロモンの効果。フェロモンが高まると色気だけ...