禁断の劇団内恋愛。相手の陽士の態度に、紘子は…
『こういうこと』になったからには、陽士は恋人と別れ、紘子と交際を開始するものだと思っていた。
陽士とは音楽の趣味も合った。ふたりきりでサマソニに行ったこともある。
椎名林檎のアルバムも最初は彼が貸してくれた。何気ないメールも長く続いたし、主宰からは「仲がいいなら付き合えよ」と言われたこともある。
つまり、脈ありだと思っていたから……。
だが、改めてその話をすると、彼は紘子との夜は「ノリだった」と笑い話にした。
“聖心”に通う普通の子
聞けば、今の恋人とは別れたくないのだという。聖心女子大に通う、同じ予備校で出会ったという彼女。写真を見せてもらったが、どこにでもいる普通の女の子だった。
彼は言葉巧みに、あの夜を、なかったことにしようとした。気まずい雰囲気を回避するがごとく。
紘子はそのまま泣き寝入りして身を引かざるを得なかった。しかし、密かに彼へ想いを寄せていた紘子にとって、「なかったことにする」ことなどできなかった。
結果、方向性の違いという表向きの理由で劇団を離れることにしたのだ。
青椒ロンリネス@*chinjao_loneliness*
パプリカのラジオつまらん。江古田の屋台村でくっちゃべってるレベル。大学ノリまだやってる? 周りの人、ポカンだよ。
青椒ロンリネス@*chinjao_loneliness*
生田陽士の棒演技が耐えられない。。。。。うまくない棒www
青椒ロンリネス@*chinjao_loneliness*
所詮奴らはメディアコントロールがうまくて、業界の大物に気に入られただけなんだよね。バックに何がついてるの? 闇を感じるわ。。。。。
批判&アンチ投稿でフォロワー爆増
今日も紘子は青椒ロンリネスとして、毎日投稿を続ける。
スナックでのバイト中も、手が空けばネットパトロールは欠かさない。
紘子のアカウントは当初、一般の演劇ファンを装い芝居やドラマの評価や実況を垂れ流す用のものだった。だが、パプリカ色素の批判を綴るようになってからフォロワーは爆増し、ニーズに応えるという正義のもと、今に至る。
増えたフォロワーの中には、プロフィールなどから大学時代の同級生と判断できるアカウントもあった。
彼らのタイムラインでは「大学時代の仲間が有名人になってうれしい!」と自身がパプリカ色素の知人であることをアピールするがごとく喜んでいるのに、このアンチアカウントを密かにフォローするとは、おかしな話である。
紘子はそんな同級生たちの秘められた焦燥感を察するたびに、また大海の藁を得たような気持ちになるのだった。
常連ではない男の来店
ママは、客足が期待できない日は、何だかんだ理由をつけて紘子に店を任すことも多い。その日も、紘子は18時の開店からひとりで店を任されていた。
「すみません、初めてなんですが」
常連ではない男が扉を開けた。
「いらっしゃい。ここは誰かの紹介で?」
帽子を目深にかぶったその人物。警戒心とともに、ただものではない引力を感じた。
「……大学の同級生がいると聞いて」
マスクをずらして顔を紘子に見せる男。顔を見て、絶句した。
「……」
「元気? 紘子がここで働いているって聞いて」
固まる紘子に笑みを見せながら、彼はじりじりと近づいてきた。
【#3へつづく:嫉妬心をSNSで書き連ねる紘子の元を訪れたのは…】