#1 芸能界に執着する35歳女の密かな楽しみ。裏アカで吐き出す腹黒い本音

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2023-10-22 18:38
投稿日:2023-10-21 06:01

八方ふさがりの紘子。彼女がその世界に執着する理由とは

「もう辞めよう」と思うことは何度もあるが、そんな時に限って、連続ドラマの端役出演が決まったり、舞台のオファーがある。まるで、神様が自分を引き留めてくれるかのように。

 それ以上に、辞められない意地もある。

 常連の要望で、カラオケ映像のモニターがBSで放映されている巨人戦に変わっていた。

 ノーアウト満塁の場面でひと盛り上がりした後、無得点。落胆の中、CMの音声だけが店の中に響く。気まずさを取り繕うように、重田は紘子に話しかけた。

「最近、よく出てるよねこいつら」

「ああ、『芝居衆団パプリカ色素』ですね」

 CMに出演しているのは、今をときめく演劇ユニットだ。

「ひろみちゃん、彼らと“ニチゲイ”の同期だったんでしょ」

「……はい」

 重田は、知っていて話を振っている。以前、ちらりとそのことを喋ったことがあり、好奇心で掘り下げたい話題なのだろう。

 ――思い出したくないのに……。

芝居衆団パプリカ色素の元旗揚げメンバー

 主宰の緑町祐輔と看板役者・向坂拓哉を中心とした芝居衆団パプリカ色素。本公演チケットはプラチナ化するほどの人気だ。劇団員はみな、大手芸能事務所に所属し、映画・ドラマなど幅広く活動をしている。

 実は紘子、この劇団の旗揚げメンバーであった。

 奇しくも、紘子が退団した直後、主宰が脚本家として名をあげたことを機に一気に注目劇団として世に知られることとなったのだ。

「座付きの奴、今度朝ドラ書くんだろう。メンバーたちも揃って出るみたいだし、ひろみちゃんも出してもらいなよー」

「いや。そんな ダサいことできませんよ」

「え……」

 ざわめく店内が一瞬、静まった。紘子はそのまま続ける。

「劇団員の奴らも、演技が大してうまいわけじゃないでしょ。才能のある人に乗っかっている金魚のフンみたいね」

「はは。さすが厳しいね、ひろみちゃんは」

 思わず本音を口にしてしまった紘子は重田の乾いた笑いに、苦笑いで返す。しかし、吐き出した言葉を否定しなかった。

 ――私も、あの中にいるはずだったのに。

苛立つのは嫉妬しているから

 パプリカ色素は確かに注目を浴びているが、主宰や看板以外のメンバーは役者としてどこにでもいる面々だ。にもかかわらず、彼らは皆、今、我が物顔で第一線で活動していて……。

 劇団というカテゴリにとらわれたくないという主張で、「芝居衆団」などと謎の呼称を使っているのもいけすかない。

 その苛立ちの所以が嫉妬だとは自分でも理解している。なにか吐き出さなければ、焦燥感の行き場がないから仕方ないのだ。

 そんな、紘子には密かな愉しみがあった。

 何を隠そうそれは、裏アカで芝居衆団パプリカ色素について批判をSNSに書き込むことだった。

#2 へつづく:嫉妬心をSNSで書き連ねる紘子の元に驚愕の訪問者が…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


がんでごめんね…「人生最後の生理」はある日突然やってきた
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー2年生です(進級しました!)。がん告知はひと...
さくらももこさんのエッセイに学んだ 本当の「時は金なり」
「時は金なり」という言葉、年を取れば取るほど心に沁みるのはなぜでしょう。私がこの意味を意識したのは、さくらももこさんのエ...
産毛のような初々しさ…もうすぐ去勢する“にゃんたま”の刹那
 羊毛フェルトで作られた「にゃんたまストラップ」が巷で流行中。フニフニ揉むと、心癒され気持ちが落ち着くのだそう。 ...
結婚したら退職する? 自分が幸せになるための人生の歩み方
 少し前のOLだったら「寿退職」なんて当たり前だったのでしょうが、今はそうはいかないですよね。共働きが普通だし、お金の心...
大人になっても趣味に没頭したい! おすすめできる3つの趣味
 ストレス社会で闘う毎日にふと疲れた時、「何もかも忘れたい」と思うことはありませんか? 多くの人は飲み会や買い物で鬱憤を...
鬼灯って読めますか?夏の風物詩「ホオズキ」の意味と活用法
 地域によりますが、八月はお盆月でございます。  八月の声を聞くとワタクシのお店もお盆のお支度で慌ただしくなり、店...
夕陽で赤く輝いて…黒猫“にゃんたま”は美しい絵のようだった
 にゃんたマニアにみなさんこんにちは! きょうは、初めての黒猫にゃんたまωです。  黒猫のにゃんたまって、真っ黒だ...
遠方に住む親が心配…介護サービスの上手な選び方&使い方
 遠方に住んでいる両親が介護状態になった時、多くの人が「大丈夫かなぁ……」と心配になるはずです。しかし、現代では親の介護...
ホステスの世界にもある「裏引き」という名の“闇営業”の実態
 世間をにぎわせた“闇営業”。「事務所を通さず仕事のオファーを受け、報酬を得る」行為は、夜のクラブでも存在します。店に許...
料理下手を克服する4つの方法 もうメシマズ女と言わせない!
「料理を作ると思った通りの味にならない」「どうしても美味しくない」、そんな悩みを抱えていませんか? せっかく料理をしよう...
住宅ローンは一生無理?がんになった場合の気になるお金の話
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
大きなチャトラ“にゃんたま”君 立派な尻尾が上がった瞬間!
 にゃんたまωに、ひたすらロックオン! きょうはみんな大好きチャトラ君の鈴カステラです。  小さな港を忙しそうにパ...
恋愛序盤の花火デートはキケン! 準備ゼロでは行かないが吉
「花火デートってドキドキする」――。この季節、誰もが期待し盛り上がる「花火大会」ですが、調べもせず安易にデートとして行く...
ピルをもらう方法と病院選びのコツ…“避妊”が理由でも良い?
 第1回「日本はピル後進国!『ピル=避妊』の考え方は遅れています」、第2回「ピルで確実に避妊するなら?心構えや男性任せの...
声かけが大切! 子どもの“やる気スイッチ”をONにする方法
 子どもの心スペシャリストとして子育て中のお母さんたちと接していると、「子どもにやる気を起こさせるにはどうしたらいいか?...
夏休み中の子供たち…ママのイライラが沸点に達する瞬間3つ
 ただ今、小さな子を持つ世の母たちにとって恐怖の夏休みの真っ最中!!  子供にとってはとても楽しい夏休みなのですが...