豊洲の人生勝ち組妻でも幸せじゃない?彼女が裕福と引き換えに諦めた事

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-04-13 06:00
投稿日:2024-04-13 06:00

【武蔵境の女・竹島千佳33歳 #3】

 独身時代は都心に暮らしていたが、結婚を機に武蔵境に暮らし始めた千佳。しかし、郊外のこの地を愛せない。そんな時、中学の同級生・芙美に再会する。都会で悠々自適な専業主婦の彼女の言動は千佳を刺激して…。【前回はこちら、初回はこちら

  ◇  ◇  ◇

 ――なんであんなことを言ってしまったのだろう…。

 会社帰り。

 東京駅からの40分間を、千佳は芙美への言葉の後悔に費やした。

 ランチの誘いに、『忙しいから無理』。社交辞令でも、「うん、ぜひぜひ♪」などと返すべきだったのではないか。

 しかし、気持ちを押し殺し取り繕ったところで、結局、苛立ちを抱えたまま電車に乗っていたに違いない。

 その日は、40分ほどの乗車時間にもかかわらず、驚くほどあっという間に駅にたどり着いた。

 高架下の改札を出ると、そこには正信が立っていた。

「ちょうど千佳が帰ってくるタイミングだと思ったんだよね」

「え、待っていてくれたの?」

「せっかくの定時退社日だから、一緒に飯でも食べて帰ろうと思って。…そうだ、王将とかどう? 好きでしょ、ギョーザ」

 千佳はとまどいながらも頷いた。

 餃子は好きだが、空しさがよぎる。しかし、他に提案できるような店はどこも思いつかない。

刺激に溢れていた20代…この街は退屈すぎる

 スキップ通りを、並んで歩きながら無理やり思った。

 愛しい人と一緒ならばここは表参道にさえなる…彼に腕を絡ませて、自分に魔法をかけた。うっすら目を閉じ、ふたりの世界に没入しようとした。

 しかし、道行く学生の甲高い笑い声が耳に入り、すぐに我に返る。

 ここは紛れもなく武蔵境なのだ。一休や東京カレンダーに掲載されるような店はない。

 学生、子育て夫婦、高齢者と様々な面々…誰もが住むには困らないこの街。しかし、生活を越えた彩りを大事にしたい千佳にとって、退屈すぎた。

 隣りの市である田無が地元の正信は、実家にも近く、居心地の良さがあるようだ。

 田舎でも、都会でもない、この場所で生まれ育った正信。だからこそ、彼は全てが中央値的な人間にまとまってしまったのだろう。

 一方、千佳は群馬出身。千佳は東京に手が届きそうでそれでも微妙に遠い、ぎりぎり首都圏のくくりにされている地方出身だけあって、華やかさへの野心は人一倍だった。

 念願の上京後は、渋谷の学校に通い、世田谷に住んで、千代田区で働いた。遊びはもっぱら港区や新宿区。20代は毎日が刺激に溢れていた。今もなお、その刺激を求め続けている。

 30を超え、遊び仲間の結婚が続いて落ち込んでいたところに、たまたま目の前にいた男性が求婚してくれて、燃え上がって入籍した。住居も勢いで決めてしまった、だけど…。

愛していても、譲れないものがある

 この地に暮らして1年。住めば都になんてならなかった。

 惨めさはつのり続ける。住宅を購入したという鎖がさらに閉塞感を助長する。平凡な日常を送り、年老けていくだけの人生を想像するとぞっとした。

「――どうしたの?」

「なんでもない…」

 正信は千佳の顔を覗きこむ。何でもないわけではなかったが、何も言えなかった。

 彼のことは愛している。だけど、それ以上に譲れないものがあることに、気づいたのだ。

 いますぐ、とは言わない。千佳の心の奥底に、ひとつの選択肢が芽生え始めていた。

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


破壊力ありすぎ! おばあちゃんから届いた“勘違いLINE”5選
 いろんな時代や多くの困難を経験して乗り越えてきたおばあちゃんたちって、本当にたくましいですよね。ガラケー時代をなんなく...
無意味どころか不可能?!他人との比較が無駄といわれるワケ
 他人と比較しても意味がない——。そんな言葉を毎日のように目にします。この認識が広まるのはとても大切だと思いますし、みん...
まるでドラえもん! もふもふのお腹が魅力的な"にゃんたま”
 きょうは、ふしぎなポッケを持っていそうな、ドラえもんみたいなにゃんたま君です。  丁寧な毛繕いで、ふわっふわにな...
見た目のインパクトがすごい!「フウセントウワタ」の魅力
 近年、猫の細かなパーツに特化した、写真やグッズが人気のようでございます。  猫の肉球やお尻、足、シッポなどいわゆ...
嫌いな同僚と上手に付き合うには?6つのポイント&NG行動
 職場にはさまざまな年代、価値観の人が働いているため、中には「どうしても、気が合わない」と思う人もいるでしょう。中には、...
“離婚”をどう話す? 4歳の息子は「仲直りしたら?」と言った
 はじめまして。シングルマザー3年目の孔井嘉乃です。私には、6歳になる息子がいます。  家庭の事情はそれぞれあって、離...
「激坂最速王決定戦2021」参戦レポ 2021.11.16(火)
 緊急事態宣言も解除され、徐々にスポーツイベントも開催されるようになりましたね。マラソンが趣味の筆者は、11月13日に行...
“にゃんたま”島の思い出…無邪気な兄とクールな妹をパチリ
 きょうは、去年の秋の「にゃんたま島」の思い出。  お兄ちゃん後ろ、にゃんたまω撮られてるよ?  石ころで無...
ダイソー新ブランドで疲れを癒す厳選3品!2021.11.15(月)
 いくら寝ても疲れが取れにくい……そう実感するアラフォーです。本格的に寒くなってきたと思ったら、今年も残すところ1カ月半...
スマホデビューしたお母さんからのおもしろ可愛いLINE5選♡
 ずっとガラケーだったお母さんたちがスマホではじめてLINEをする時、たくさんのおもしろいやりとりが生まれているようです...
2度と思い出したくない黒歴史…消し去りたい誤爆LINE5選
 連絡手段としてとても便利なLINE。でも、簡単に送れる便利さと引き換えに「誤爆」という危険性を秘めていますよね……。き...
思い出しては凹む…昔の失敗にとらわれた心を軽くする方法
 なんでもない瞬間に過去の失敗を思い出して死にたくなる……。そんな経験をしたことはないでしょうか。私はそこそこの頻度であ...
猫の額の広さ=“にゃんたま”の大きさかも? 証拠写真をどうぞ
 きょうは、「猫の額」について。 「猫の額ほどの部屋だけど、落ち着く所です」など、面積の狭いことのたとえで使われる...
民藝って? 井浦新にナビしてもらう幸福♡ 2021.11.10(水)
 今年の抱負は?  達成できたためしはこれっぽっちもないのに、新年になると懲りずに掲げるのは一体なぜでしょうか。私...
Xmasだけじゃもったいない!「ブルーアイス」で仕事運もUP
 ワタクシ毎年年末が近づくと、我が花屋の先代社長・通称「じじぃ社長」とともに、えっちらおっちら近くの山や農場へ植物採取に...
安心できる材料は離婚前に集めたい…私が用意した3つのもの
 はじめまして。シングルマザー3年目の孔井嘉乃です。私には、6歳になる息子がいます。  家庭の事情はそれぞれあって、離...