「着飾るのは何もないから」偽セレブがマウントを取る理由。“本物の令嬢”の前で見つけた本当の自分

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-09-13 11:45
投稿日:2025-09-13 11:45

「ただ、幸せに見られたいだけなのよ」

 お開きになった後、三人はエレベーターホールで別れた。

 彼女と藤堂さんは高層階用、綾乃は中継フロアで低層階用に向かう。

 綾乃は藤堂さんをエントランスまで送るつもりだったが、その役目は真琴さんが引き受けてくれた。ふたりきりで話したいこともあるのだろうと、女子高生のように弾んでいる彼女たちの背中を見送った。

 息苦しい。

 明日から、真琴さん…いや、たっくんママと、どのような顔をすればいいのだろうか。目の前が真っ暗になった。

 もう、背筋を伸ばして会うことはできない。真っ暗になった世界で、自分を見失っている。

 ――わたし、結局、何がしたいんだろう。

 帰宅し、ゲストルームよりも一回り小さな自宅で現実の景色を眺めた。

 ガラスの向こうの空に手を添えると、お気に入りのカルティエのタンクが目に入る。毎日腕につけているせいか、どこかビンテージの風味をまとっている。

 ――ただ、幸せに見られたいだけなのよ。

 自分は、見上げられることで、心が落ち着くのだ。以前の場所は、それができないことに気づいたから、逃げて来た。

 だけど…。

 呆然と窓の外を眺めていると、インターホンのメロディが玄関から聞こえてきた。

 迷った末に応答したその相手は、真琴さんだった。

私がセレブみたいにキラキラしてる…?

「先ほどは、ありがとうございました。お邪魔してごめんなさい」

 彼女はお詫びの品を持ってきてくれた。「家族でよく食べる常備菓子」と、大師巻。煎餅を海苔で巻いた地元の銘菓だという。

「ユリとの再会も嬉しかったけど、個人的に奏太くんママ……いや、私、ずっと綾乃さんとお話ししたくて。でも、」

 ゲストルームで、ずっと浮かない顔をしていた綾乃のことを気にかけていたという。大師巻を差し出しながら、丁重に彼女は頭を下げていた。

「気にしないでください。私そんな表情、暗かったですか?」

 ただ、言葉を繕っただけだが、真琴さんは目を輝かせて顔をあげた。

「気にしちゃうって! 私、綾乃さんに嫌われたくないんです。憧れの存在なんで。いつもキラキラして、余裕があって……」

「……」

 きっと、ゴマすりだろう――そう感じてしまう自分が悲しい。なぜなら、憧れられる自覚がないから。

 そしてふと、綾乃は自分自身の中の矛盾に気づく。

 ――あれ、私、周りから見上げられたいんじゃなかった?

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


落ち込んだらシーラカンスのことを考えるといいかもしれない
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
お正月にしめ縄って必要かぃ?「しめ縄」と「しめ縄飾り」の違いも解説
 今年もあと2週間を切りました。年末だというのにあまりの暖冬、ここ数日は少しは寒くなったものの更年期のワタクシは、本職の...
「女は見た目がすべて」の思い出に悶々…容姿いじりのトラウマの克服法
「女は見た目がすべて」なんて言葉が昔からあるように、男性よりも女性の方が外見を厳しく見られる傾向です。そして残酷なことに...
人生初のぎっくり腰なぜ発症? 40女の激痛を救った意外なコスメは…
 齢46、人生初のぎっくり腰になりました。腰が砕け、身動きがまったく取れない状態に陥るって本当にあるんですね。  デス...
韓国は「ひとり飯」ほぼタブー! おひとり様=みじめな人認定で苦労した
 ちまたでは『孤独のグルメ』(テレビ東京系)や『ひねくれ女のボッチ飯』(テレビ東京系)、『めんつゆひとり飯』(BS松竹東...
2023-12-19 06:00 ライフスタイル
自然の石を積んだ石垣でできた江戸時代から続く「棚田の村」
 見知らぬ土地で、山道を越えて現れた見事な石垣に圧倒される。ここまで積み上げる労力を想像すると途方に暮れるし、これが自然...
“たまたま”とももうすぐお別れ…去勢前のおやつシーンを激写
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
#2 友達の結婚、喜べないのはなぜ? 勝ち組を裏切りだと感じてしまう記憶
【#1のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、芸人の卵や音楽仲間と毎日飲み歩いている。高円寺はうんざ...
#3 結婚で“輪”から去る友人への寂しさ。心地よい独身生活で失ったもの
【#2のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、毎晩芸人の卵や音楽仲間と飲み歩いている。高円寺はうんざ...
妙齢って何歳? 三省堂 現代新国語辞典のいまっぽい凡例に注目
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
母親が施設から帰ってくる夢…認知症の予兆を「ボケたな」で済ませない
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
#1 夢を諦めきれない32歳の女。高円寺で燻る芸人らと酒に溺れる日々
 この街は、まるでネバーランドだ。  いつもの店に行くと、いつもの仲間がいて、相変わらずのバカな話で盛り上がれる。...
「最終的には学歴!」すごいですねー(棒)高学歴義母のマウントLINE3選
 義母が高学歴だとなんとなく上品でスマートな人柄が連想されますが、現実では学歴の高さと人格は比例しないようです。実際には...
2025-02-20 17:59 ライフスタイル
黄金色の葉と朱赤の柿の景色 心まで秋色に染まるような日
 秋は色鮮やかな季節。まるで黄金色のイチョウの葉、鮮やかな朱赤の柿。  心まで秋色に染まるような日だった。 ...
同僚のボールペン“カチカチ”に敏感反応!繊細すぎる人へのLINEどう返す
 世の中には、人一倍豊かな観察力や感受性を持つ人も存在します。そうした人は「優しい」「気遣いができる」などの長所をたくさ...
ムーミン好き必見!ESSEの時短レシピ&開運グッズ付録など使いこなす術
 今回ご紹介する雑誌付録は、「ムーミントラベルポーチ3点セット」と「別冊付録:保存版!ESSEのBest時短ベストおかず...