手塚治虫異色作「上を下へのジレッタ」“読みツボ”レビュー!

内埜さくら 恋愛コラムニスト
更新日:2021-05-11 06:00
投稿日:2021-05-11 06:00
 おびただしい名作が現代の漫画家や映像世界の方々やアーティスト、演者にも多大な影響を与えている故・手塚治虫先生。昨年は、稲垣吾郎さんと稲垣ふみさんが出演した映画「ばるぼら」が、イタリア最古のファンタ系映画祭「ファンタ・フェスティバル」にて最優秀作品賞を受賞しました。今回は、「ばるぼら」と並ぶ異色の名作「上を下へのジレッタ」をご紹介します。

二転、三転する物語

 本作のキーマンとなる登場人物は、3人。敏腕ディレクターで「自分の名を世に残したい」と腹黒い願望を実行にうつす、門前市郎。空腹になったときだけ誰もが振り返るような絶世の美女に変身する歌手、小百合チエ(変身する前も歌唱力が買われ、晴海なぎさとして活動していました)。変身前の、なぎさの見た目と中身のすべてを愛するプロになれない漫画家、山辺音彦です。

 ストーリーをざっくりと読んだ時点では、市郎がチエとともに芸能界をのし上がろうとする物語かと捉えていましたが、そこは手塚先生。想像をはるかに絶していました。あるできごとで「ジレッタ」と呼ばれる妄想世界を構築できるようになった音彦を利用して、市郎は政治家まで巻き込み、世界を自分の手中に収めようとするのです。

「凡人は天才には敵わない」

 手塚先生のあとがきによると、「“ジレッタ”という語彙は別になにもありません。しいていえばディレッタントの略でしょうか」とのこと。辞書によればディレッタントとは、「芸術愛好家、好事家(こうずか)。本来はイタリア語で熱心な音楽愛好家を意味したが、現行は芸術一般の愛好家をさす」そう。なるほど、キーマンの3人は芸術に従事していますし、好事家とは呼べないかもしれませんが、市郎とチエ、音彦の周囲には、「ジレッタ」を利用しようと目論む人々が群がります。

「凡人は天才には敵わない」と感じたのが、本作が1968年8月14日号から1969年9月10日号の「漫画サンデー」(実業之日本社刊)で連載されていた点。1968年といえば当然、インターネットなど普及しておらず、ボードゲームの「人生ゲーム」(タカラ)が発売された年です。アナログが蔓延していた時代に、妄想世界に人々が熱狂して国家をも揺るがす事態を、読者の目が話せないほどの筆力で描いたのです。今はVRなど手軽にバーチャルリアリティを楽しめますが、当時この世界観を描けるのは手塚先生以外にいなかったのではないでしょうか。

女性の美へ努力から生まれた「チエ」というキャラクター

 登場人物の描き方にも注目を。現代に置き換えると、誰かをほうふつとするかもしれません。市郎は、自己顕示欲の強いあの人。見た目は冴えないけれど「ジレッタ」を自由自在に扱うと世間に知れ渡り、カリスマ的存在に持ち上げられる音彦はあの人と。

 チエについて、あとがきで手塚先生はこう記していました。

「ぼくのよくかく変身ものでも、腹がへったら美人になる、というアイディアは、自分ながらまあ上出来だと思います。女性が美人になるため減食したり、カロリーをとらない、という涙ぐましい努力をパロッたものです」

 日頃から目にしていたかもしれない、女性の切実な願いを作品へと昇華させる。いくつもの作品がドラマ化や映画化されている小説家の先生も、テレビ出演時におっしゃっていました。「タクシーに乗って移動しながら外の景色を眺めるだけで、短編が1本書ける」と。日常生活のふとした時間にもアンテナを張り巡らせるのは、ビジネスパーソンにとって企画書作成やアイデア出しの参考になるかもしれません。そういった視点で読むと、本作は勉強になることばかりなのです。

 タイトルの「上を下への」という意味はネタバレになるので避けますが、時代をいくつ駆け抜けても色褪せない名作です。まだステイホームをお願いされている地域にお住まいの方も、そうではない方も、「上を下へのジレッタ」をお家時間に読んでみてはいかがでしょうか。

内埜さくら
記事一覧
恋愛コラムニスト
これまでのインタビュー人数は3500人以上。無料の恋愛相談は年間200人以上の男女が利用、リピーターも多い(現在休止中。準備中のため近日中にブログにて開始を告知予定)。恋愛コメンテーターとして「ZIP!」(日本テレビ系)、「スッキリ」(同)、「バラいろダンディ」(MX-TV)、「5時に夢中!」(同)などのテレビやラジオ、雑誌に多数出演。

URL: https://ameblo.jp/sakura-ment

関連キーワード

エンタメ 新着一覧


【話題】岸田文雄氏、“元総理系YouTuber”がトレンド入り「辞めてからのほうが楽しそうだな」「なんか複雑」賛否の声
 Xはじめ、さまざまなSNSで発信活動を行っている第100・101代内閣総理大臣の岸田文雄元首相。6月12日に岸田元首相...
『バチェラー6』第3話を正直レビュー! いまだ久次米さんのツボがわかりません。決め手は「LOVE」より「自然体」なのか? となると…
『バチェラー・ジャパン』シーズン6を、シリーズの大ファンである筆者が、正直にレビュー。今回は第3話です。村岡さん、河地さ...
中村未来 2025-06-13 06:00 エンタメ
黒谷友香、50歳目前で感じる“服選び”の変化「ファッションは失敗してもいい」ステキでいられるコツとは?
 高校在学中から雑誌のファッションモデルとして活動を開始し、俳優に転身後、ドラマ『はみだし刑事情熱系』『ハンチョウ〜神南...
望月ふみ 2025-06-13 06:00 エンタメ
『バチェラー6』第2話 正直レビュー。劇的なデート、私たちはこれが見たかった! でも黒澤さんは恋してる?
『バチェラー・ジャパン』シーズン6を、シリーズの大ファンである筆者が、正直にレビュー。今回は第2話です。  前回、...
中村未来 2025-06-12 14:53 エンタメ
「あんぱん」嵩(北村匠海)まさかのスピード出世! …で、階級“乙幹”ってなに?
 厩舎で居眠りしてしまったものの、神野(奥野瑛太)に頼まれた島(横田栄司)の取り計らいで受験できた嵩(北村匠海)は、乙種...
桧山珠美 2025-06-16 16:27 エンタメ
ミセス大森元貴と鎮西寿々歌、匂わせ投稿が話題だが…どこから“共通点”を特定する? 相手を許せないファン心理
 人気バンド「Mrs.GREEN APPLE」のボーカルでギターの大森元貴(28)と、アイドルグループ「FRUITS Z...
「イエエエーーーイ!」中川翔子、サンシャイン池崎ら『Switch 2』をめぐる有名人の叫び。一方、宇野昌磨は…
 6月5日に発売された「Nintendo Switch 2(以下、Switch 2)」。シリーズ待望の次世代機であり、発...
『バチェラー6』第1話 正直レビュー。令和の王子・久次米さんにドキドキが止まらないのだが。恋リア界隈のネットワークって何なの?
 ついに始まりました、待望の『バチェラー・ジャパン』シーズン6! シリーズの大ファンである筆者が、第1話を、正直にレビュ...
中村未来 2025-06-12 14:53 エンタメ
「エール」から「あんぱん」に再登場。軍人役はやっぱりこの人がハマる。八木上等兵(妻夫木聡)は何者だ?
 嵩(北村匠海)は高知連隊から福岡の小倉連隊に転属。新兵教育係の馬場(板橋駿谷)ら先輩兵士の厳しい指導の下で過酷な軍生活...
桧山珠美 2025-06-09 13:30 エンタメ
広瀬アリス、好感度急落しても「ジャニ喰い」を止めないワケ。オタク女子への幻想をぶっ壊す刺客なのか?
 先月、「女性セブン」にて元KAT-TUNの赤西仁との交際が報じられた広瀬アリス。彼女の元彼と言えば2022年に熱愛報道...
堺屋大地 2025-06-09 06:00 エンタメ
「あんぱん」嵩(北村匠海)も健ちゃん(高橋文哉)もオシャレ坊主に見える問題。令和の“戦争”描写は大変だ
 坊主頭の嵩(北村匠海)を見て全てを悟ったのぶ(今田美桜)は、「おめでとうございます」と頭を下げる。  迎えた出征...
桧山珠美 2025-06-07 06:00 エンタメ
「あんぱん」登美子(松嶋菜々子)の“一瞬の表情”をよく見ると…嵩への言葉は愛ゆえだとわかる
 のぶ(今田美桜)は、兄のもとに赤紙が届いて不安がる生徒に勇ましい言葉をかける。しかし、次郎(中島歩)の言葉が引っかかり...
桧山珠美 2025-06-05 16:00 エンタメ
国宝級・吉沢亮が帰ってきた! 孤高→柔和なイケメンにチェンジ。手越祐也ら“やらかし男子”たちのその後
 国宝級イケメンの吉沢亮(31)が、ようやく私たちの元に帰ってきました。さかのぼること5ヶ月。年明け早々、「吉沢亮、住居...
「あんぱん」健ちゃん役・高橋文哉のカレーを作る“手つき”に注目。実は調理師免許を持つ腕前
 戦争が激化し、太平洋戦争が開戦。小麦粉が配給になり、朝田パンは休業に追い込まれる。嵩(北村匠海)は東京の製薬会社に勤め...
桧山珠美 2025-06-03 17:35 エンタメ
『バチェラー・ジャパン』シーズン6、尾﨑真衣・竹下理恵・鈴木光が思う“最後に選ばれる女性”は? 3人の意外な一面も…
 尾﨑真衣さん、竹下理恵さん、鈴木光さんが『バチェラー・ジャパン』シーズン6の配信前に、6代目バチェラーとガールズたちの...
中村未来 2025-06-02 12:02 エンタメ
「あんぱん」ヤムさんの恩返し…釜じいの台詞にホロリ。過去に何があったのか
 乾パン作りを断ったことで、朝田パンは陸軍に逆らったという噂が広がってしまう。釜次(吉田鋼太郎)は草吉(阿部サダヲ)に乾...
桧山珠美 2025-05-31 06:00 エンタメ