メガバン妻が悟ったリーマンの限界値 吉祥寺より2駅下った中古マンション

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-04-13 06:00
投稿日:2024-04-13 06:00

吉祥寺は2駅も先なのに…嘘をついた千佳の本心

 千佳と正信は食事を終えるとそのまま帰路についた。

 もう1軒の余裕がある時間だったが、家まで1時間かかる上に、都心の駐車場代は高いから仕方ない。

 まだ物足りなそうな妻の様子を察した正信は、わざわざ都心環状線内回りを通る。芝公園付近、東京タワーが見えるあたりで、千佳は目を輝かせた。

「千佳はネオンとかタワーが好きだからね」

「ありがとう」

 うっとりと瞳に映るのは東京タワーのライトアップ、湾岸エリアのマンション群、レインボーブリッジ。

 千佳は故郷の夜空の星の光より、人工的なネオンが好きだ。

 そのひとつずつに、人の息遣いを感じることができるから。

割り切れない現実

 運河の向こうにそびえる塔に住んでいるのはどんな人だろう、と思いを馳せる。

 少なくとも自分たちより余裕ある人であることには違いない。

 ――あの無数の光のひとつにも、私はなれない…。

「どうしたの? 飲みすぎた?」

 愛車・トヨタハリアーのハンドルを手にする正信は、隣で顔を曇らせた妻を気遣った。千佳は優しい夫の思いやりを無にしないよう、首を振り口角をあげた。だが、内心は憂鬱なままだ。

 車はしばらく都内を走り、首都高速から中央自動車道を経て自宅まで続く天文台通りに入っていく。

 煌めきとはかけ離れた、信号と街灯だけの暗い道が続く。理想の世界から現実にたどり着くまでの移動時間はあまりにも長い。

 未だ割り切れない現実を千佳はかみしめる。

本当はもっと都心に住みたかった

 武蔵境に住み始めた理由は、よくある金銭面の問題だ。二馬力で頑張れば千佳の望む都心に家を購入できないことはなかったが、堅実思考の正信に押し切られたのだ。

 メガバンク勤務といえど技術職で、年収は今のところ大台に満たない彼 。千佳も同様だ。お互い実家は普通のサラリーマン家庭で、格別裕福なわけでもなく、親に頼ることはできなかった。

 賃貸でも千佳は構わなかったが、夫婦ともに33歳という今の年齢ならローン審査も通りやすいからと説得され、結局、都下に3LDK・ファミリータイプのマンションを購入することになった。

「ハァ…」

 見慣れた鮮やかなロゴが溢れる駅前が見えてきて、千佳は静かにため息をついた。

 チェーン店が並ぶ街は、地元・群馬の中心地と変わらない無個性さ。東京都のほぼ真ん中に位置しているはずなのに、先ほどまでいた西麻布の雰囲気からは程遠い。

 ――本当は、もっと都心に住みたかった。

 独身時代の研ぎ澄まされた感覚はなかなか抜くことができない。

 いつかは慣れると思いながらも、慣れたくはない自分がせめぎあう。

 暗がりの窓には、精気を失った女の顔が映っていた。

#2へつづく:千佳の前に湾岸在住の専業主婦が現れる。その女は…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


ご祝儀は新札しかNG? 土日の入手方法やアイロンでの作り方
 友人の結婚式が近づいて、美容院の予約やドレス、靴の手配まで完璧なのに「ご祝儀の新札がない!!」と焦った経験はありません...
来年は猫年じゃない? 干支に入れず恨み節の“にゃんたま君”
 昔、神様は元旦に動物たちにあいさつに来るよう言いました。12番まで先着順に、年の動物になれるという大イベントでした。 ...
本当に自分のために? 素直に聞くべきアドバイスの見極め方
 昔から「素直さは大切」だと言われます。大人になっても素直さを忘れずに、周囲のアドバイスを聞き入れられる人のことは尊敬し...
脱いだ作家を守るために…作品を山に埋めた編集者の話 #3
 投資していた友人の失脚により、K社長はブラックな債権者から追われる身となりました。  社長は行方をくらまします。...
縁を切るべき友達の5つの特徴&上手に縁を切る方法とは?
 どんなにコミュニケーション能力が高い人でも、「苦手だな」「付き合いにくいな」と感じる人は、誰にだっているもの。仕事の付...
後ろ足で器用にポリポリ…一緒に“にゃんたま”も揺れちゃうの
 きょうは、首元がカユ~イにゃんたま君です。  首を掻くのに、うしろ脚を使うなんて…ニャイす!  一本だけ爪...
脱いだ作家を守るために…作品を山に埋めた編集者の話 #2
 自分の作品がヘアヌードブームに引っかかることも、世間はこんなにエロが好きで、女性のヌード=男性の下半身への奉仕物、と見...
脱いだ作家を守るために…作品を山に埋めた編集者の話 #1
 女が脱ぐ仕事をするのには、いまも昔も危険や煩わしいことが付きまといます。  私自身、音楽をやっていた頃に自分の作...
お葬式に黒いタイツはダメ?寒い日の防寒対策&喪服のマナー
 真冬にお葬式に参列することになった時、黒のストッキングでは足元が寒いことってありますよね。でも、暖かい格好で行こうと思...
配信者にとっては厄介!「察してもらいたい欲」がすぎるひと
 ライブ配信は、まさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)がうごめく世界。今日も今日とて、多くのライバーやリスナーは、配信をめぐっ...
この匂いはあの子かにゃ?チェックに余念のない“にゃんたま”
 猫の嗅覚は、人間の嗅覚の数万倍から数十万倍鋭い、といわれています。  猫の鼻先は常に湿っていて、空気中に流れてい...
今年の実付きは最高!「千両」と共に迎える幸せなお正月
「今年の千両、実付きがいいよ!」  花市場でいつもお世話になっているセリ人のお兄様が電話の向こうで叫んでおります。...
旅行できない今こそ…年末年始におすすめグルメサービス2選
 政府の観光支援策「Go To トラベル」の全国一斉停止が決まり、年末年始の予定を変更した人も少なくないはずです。こんな...
静かな時間の終わりなき毛繕いに感じる“にゃんたま”の美学
 男には自分の世界があるらしいと知ったのは、小学校低学年の頃。  テレビでルパン三世のアニメのテーマ曲が流れていて...
人と仲良くなる6つのコツ&友達作りが上手な人の共通点♪
 社会人になってから、「人付き合いに苦労している」という人は多いはず。学生の頃には、無難にこなしていたはずの人付き合いが...
アンガーマネジメントのススメ~怒りを伝えて我慢にさよなら
 男女問題研究家の山崎世美子(せみこ)です。人間関係のほとんどのトラブルは“怒り”から始まるといっても過言ではありません...