直木賞作家・荻原浩氏インタビュー 世にはびこる誹謗中傷「耳の痛い意見が人を成長させるとは言い切れない」

コクハク編集部
更新日:2024-08-09 06:00
投稿日:2024-08-09 06:00

耳の痛い意見が人を成長させるとは限らない

 それでは羽を広げて飛んでくる誹謗中傷から自分や自分の大切な人を守るのはどうすればいいのだろうか。

「僕も新刊を出した際に、SNSでの投稿やネットサイトのレビューを目にしてしまうことがあります。ですが、『荻原の〇〇という作品は、海外小説の××の悪しき模倣』などと、僕自身が読んだことのない作品を引き合いに出して憤っているレビューなどを見ると、ああもう、いい加減なんだなって呆れてしまう。書評に限った話でいえば、レビューサイトの星が少ないものはスルー、無視して読まないことに決めたんです。

 耳の痛い意見を聞いてこそ人は成長するなどともいいますが、そうとは言い切れない。僕はいいトシなので成長するといっても限られてます。たとえ9つ褒められても1つ批判されると、その1つの破壊力は大きく、気持ちが引っ張られてしまうことだってある。だから、いいことしか聞かないようにしています。でもいいことを見聞きしても話半分で捉えるようにはしています。“褒め殺し”で潰されたら、それこそ悔しいでしょう?」

勧善懲悪、性善説、性悪説に振り回されない

「笑う森」に登場する岬もまた、見ず知らずの不特定多数から浴びせられる誹謗中傷に泣き寝入りはせず、“ある報復”に出る。描かれるのは、複雑で矛盾を孕んだ人間の内面だ。

「聖母のような母親はいないと思っています。いや、年齢や性別問わず、清廉潔白、一点の曇りもない人間っているのでしょうか。もちろん程度はあるし、あらゆる犯罪は許されるものではない。それでも、たいていの人間はグレーゾーンの中で帳尻を合わせながらやっていると思うんです。だからこそ、どんな人間を描くときでも勧善懲悪にはしたくないし、性善説、性悪説で分かりやすくも描きたくはありません」

荻原流の執筆スタイルは“羊”と“羊飼い”

 今作では、真人が樹海で関わった訳アリの人間たちの心情や境遇も丁寧に綴られている。ただし物語の大枠を決めてしまったら書き始めるのが荻原流。細部は登場人物自身に任せる執筆スタイルだ。

「イメージは“羊”と“羊飼い”です。物語に登場するキャラクターは、家畜舎の中に閉じ込められているのではなく、羊のように放牧されている。僕は彼らにどう動きたいんだ? これでラストまで完走できるのかい? と問いかけながら、見守るのです」

 もっとも羊飼いの仕事は楽ではないという。苦しみすら伴うと吐露する。

「僕は小説を書く行為を生業としていますが、正直、つらくもあります。いやなのではなく、つらい。小説を生み出すのは僕にとってつらい行為で、いつまで続けるのか、続けられるのかって考えては逃げ出したくなっちゃう(苦笑)。そうなったときの助けとして、仕事場には『スラムダンク』の『諦めたらそこで試合終了だよ』と話す安西先生のコマを拡大して貼っています。僕も安西先生にハッパをかけてもらっているひとりです」

 生みの苦しみとの戦い抜いた末、完成した450Pの長編は、ハラハラドキドキ、ぞわりとするミステリーの要素もたっぷり。どこか狂気を感じさせるタイトルの表紙を一度めくってしまうと、時間を忘れて一気に読み進めたくなるはずだ。

(取材・文=小川泰加/コクハク編集部)

コクハク編集部
記事一覧
コクハクの記事を日々更新するアラサー&アラフォー男女。XInstagram のフォローよろしくお願いします!

ライフスタイル 新着一覧


夜も更けてそろそろ眠くなってきた 2023.1.6(金)
 終わらせたい仕事があって、帰宅時間が遅くなった夜。冷えた空気の中、コートの襟を立てて帰り路を急ぐ。夜も更けてそろそろ眠...
【2022年アツかった記事】イオンのど真ん中にフェムテック専門店!「性」商品はタブーなんかじゃない
(2022年8月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)   ※  ※  ※  このところ、フェ...
【2022年アツかった記事】なるほど納得!「若さ」についてイヤミを言う人の残念な正体
【愛のスナック どろんぱ】 (2022年3月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)  ※  ※  ...
お腹も“たまたま”も出し惜しみなし! 解放感を満喫にゃん♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
デート中にやらかした…赤っ恥「トイレ失敗談」を告白します
 人間は、きっと誰でも人には言えない恥ずかしい「やらかし失敗談」を持っているはず。今回は数あるシチュエーションの中でも、...
花屋がお宅訪問で実感!「お金持ちになるための12の約束事」
 あけましておめでとうございます。  2022年が良い年だった方もそうでなかった方にも、2023年という新しい年が...
作家・重松清さんの愛情、時々イジリまじりのメッセージ
「日めくりコクハク」でおなじみ、写真家・Koji Takano(髙野宏治)さんの個展「めくりゆく日々」が1月7日~15日...
2023-01-04 06:00 ライフスタイル
この「動きたい」気持ちに素直になりたい 2023.1.4(水)
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
「今の仕事、辞めます!」女性が退職を決める8つのきっかけ
 仕事をしていれば誰だって、一度や二度は「辞めたい」と思ったことがあるでしょう。一時の感情で収まればいいけれど、中には辞...
【2022年アツかった記事】何コレー! 天然オブジェの“最高峰”「旅人の木」は見たら即買い!?
【笑う花には福来たる】 (2022年10月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)   ※  ※  ...
何を感じ、どう動くかは自分次第 2023.1.3(火)
 2023年、自分もこうありたい。  銀座6丁目の交詢ビルにあるバーニーズニューヨーク銀座本店前、心躍るウィンドウ...
凍り付く空気の向こうに… 2023.1.2(月)
 雪化粧の富士山が見えた!!  空に向かって緩やかにそびえたつ、このシンメトリーな形に心が洗われる気がするのは日本...
【2022年アツかった記事】ステージ衣装用の真っ赤なランジェリーで“魔法”にかかった
【「イキてく強さ」】 (2022年11月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)   ※  ※  ※...
【2022年アツかった記事】“にゃんたま”御開帳はうれしいけど…スプレー行為にご用心
【きょうのωにゃんたま】 (2022年2月に公開したものを一部変更し、再掲した記事となります)  ※  ※  ※...
あけおめ! 一休さんがこんなこと言ってたよ 2023.1.1(日)
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
「父子帰省」に初トライ! 作戦の行方は? 2022.12.31(土)
 父と子どもだけで父の実家に帰る「父子帰省」。ここ数年でよく聞くようになりました。我が家も例年、お正月は家族で義実家に帰...