「専業主婦は文句ばかり」戦略的バリキャリママの主張。家庭と仕事、手に入らないのは“努力不足”でしょ?

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2025-04-12 06:00
投稿日:2025-04-12 06:00

“報われない世代”がウザがられても助言するわけ

『麗菜さん、うちのマンションにパーティールームがあるの。もしよければ、ご近所のママさんたちもいるからみんなでランチしない?』

 麗菜の元に、謎のLINEアカウントからメッセージが届いた。

 少し既読放置した末に改めてみると、小学生くらいの男の子が乳児と写っているアイコンが目に入った。akiko(荒川・吉川)というアカウント名で、晶子からのメッセージであることを推測し、慌てて返信した。

 会社員時代にやりとりしたものから、発掘してきたのだろうか。

『ぜひ、参加したいです』

地域コミュニティへの参加も戦略だ

 本心は、あまり気乗りがしなかった。ただ、近所のママさんがくるというのは魅力的な誘い文句だった。

『了解です。当日は楽しみにしています』

 復帰したら、地域の縁をほとんど繋ぐことはできないだろう。育休中に、できる限りのご近所のコミュニティを作っておく。これも、今後生きやすくするための戦略のひとつだ。

 そして当日。

 麗菜が、晶子が暮らすマンションのパーティールームを子どもと共に訪れると、同じような年代の、乳児連れのママさんが6組ほどいた。

 テーブルの上には、オーガニックのクッキーとローズヒップティー。子ども用に天然のオレンジジュースとアップルジュースも用意してある。

「お昼には軽食を頼んであるから、その時間までは楽しくお喋りしましょう」

 キッズエリアも併設されているパーティールーム。子どもはお昼寝させたり、おもちゃで遊ぶのを見守りながらおしゃべりができるようだ。飾り付けもされた、見栄えのいい雰囲気だ。

 だが、内輪のゆるい集まりをイメージしていた麗菜はそのサロン的な光景に軽く仰天した。

晶子の「仕事」ってなに?

「麗菜さんは、晶子さんとはどちらでお知り合いに?」

 部屋の隅で恐縮していると、おっとりとした雰囲気のママさんに話しかけられた。彼女は、ナナミと名乗った。

「晶子さんとは昔、一緒の会社で働いていたことがあったんです」

「へぇ、いいなあ。晶子さんが上司なんて」

「そうですね。営業力も能力も、会社の中でずば抜けていました」

「でしょうねえ。彼女なら」

 ママ同士の付き合いだけでも、デキる女だったことはわかるらしい。麗菜は余計今の状況に甘んじる晶子を恨めしくおもった。ナナミは続ける。

「晶子さんは有能ですものね。仕事を手伝いたいという方も多いんですよ」

「仕事?」

このサロンの実態は…まさか怪しい界隈?

「仕事」という言葉に引っかかる。彼女は仕事をしていないと言っていたから。内容を尋ねるとナナミは目を輝かせた。

「晶子さんは、月一回サロンを開いているんですよ。口コミ集客の、こういうほんわかしたおしゃべり会なんですけれど」

「サロン、ですか」

 警戒心の強い麗菜のアンテナが強く反応する。

 オーガニック、居場所づくり、新米ママ向けのサロン、何気ない単語だが、どれも怪しげなものに感じはじめた。

 ――まさか、これはスピリチュアルや自然派界隈の…。

<次ページ:晶子の開くサロンの実態とは――>

「みなさん、今日はご参加ありがとう」

 はじめましての方への一通りの挨拶を終えた晶子が腰を据えると、その周りに自然と輪がひろがった。

 麗菜は一歩引いた部屋の隅で、その動向を見守ることにした。

「ここのサロンは当初、保育園に入れなかった人たちのための、情報交換の場所だったの」

 他のママさんたちは、教祖のように語る晶子に熱い視線を送っている。

 ――晶子さん、まさかあっち側に行ってしまったのかな…。

有能な晶子の「苦労」とは

 お茶菓子のオーガニッククッキーを食べてしまったことを麗菜は後悔した。素直に美味しさを感じた自分を悔いた。

 自分探しを謳い文句にしながら、見栄えがいいだけの独善的な思想に引き込まれた専業主婦の友人を麗菜は何人か知っている。

 身体が震え、咄嗟に帰る準備をし始めたその時、ナナミさんに再び小声で話しかけられた。

「そんな警戒しなくていいですよ。世の中には、私たちみたいに家と子どもしか世界がない人につけこむ人たちもいますけれど」

 まさに自分が懸念した通りの問いかけだった。

「いえ、そんなわけでは――」

 図星を突かれると否定したくなる。麗菜は一旦、腰を落ち着けた。

「晶子さんは、今、専業主婦の社会復帰を支援するNPOの設立のために動いているんです。自分のしてきた苦労を他の人に味わわせたくないからって」

「苦労?」

「晶子さん、保育園に入れなくて退職して、やっと子どもが小学校に上がったと思ったら、病気がちで不登校になって…ここに来るまで、色々大変だったみたい」

頭を使えば「良い人生」が送れるんじゃないの?

 そんなわけない。事実かもしれないが、自らの主張が盾になる。誰だって、少し頭を使って努力すれば、自分らしく効率のよい人生を送れるはずなのだ。

 彼女の生き方に理解を示すことは、自説と、自分の彼女への対抗心が誤りだと受け入れること。麗菜は、言い訳のように反論した。

「うちの会社は、その辺り制度が整った会社だと思いますけど。私も会社を選ぶ際にその辺りが決め手になったくらいで」

「へぇ…麗菜さん、若いですもんね。会社を選べた時代なんですね」

「それなりに就職活動は苦労しましたが」

「それでも入れているじゃないですか。晶子さんは、派遣で入って選ぶ余裕もなく行きついた会社だと言っていました。それに、どの会社も、制度が整ってきたのはここ数年ですからね。私の職場もそう」

 ナナミさんも、晶子さんと同年代なのだろうか。氷河期か、あるいはリーマンショック世代の。棘のあることば達だったが、口調は優しかった。

「報われない世代だって言われているんですよ」

「私、第一子の時は、ちょうど『日本死ね』の時だったんです。前職の退職を余儀なくされたんですが、今は私も落ち着いて、こういう集まりに参加できる余裕ができたくらいです」

「――私が、生まれた時代がよかったと言いたいと?」

 言い返すと、彼女は力なくほほ笑んだ。目を逸らすと、ママさんの中心で語っている晶子の笑顔が見えた。

「逆に、晶子さんの世代は今、報われない世代だって言われているんですよ」

 重い弾丸を正面から受け止めたような感覚に陥る。

 頭がクラクラしてきた。もう何も言うことはない。

 生き生きとママの中で活動している様子が見ていられなかった。彼女が本来いる場所は、やっぱりここではないような気がして。

「麗菜さんごめんね、誘ったのにあまり対応できなくて」

 楽しくおしゃべりをするママさんたちをながめながら、ローズヒップティーを傾けていると、晶子さんが輪の中を抜けて話しかけてきてくれた。

ママという肩書きに埋もれる現実

「いえいえ。楽しんでいます。先ほどはナナミさんとずっとお話をしていました」

「ナナミさんて、先ほど帰られたママさん? あの方、元官僚なのよ。見えないでしょう」

「え!?」

「制度や法令に異常に詳しくてね。自治体に陳情をあげたり、企業に協力を求めたりするときにも色々と力になってくれたの」

 驚くとともに、晶子さんを含むこれだけの有能な女性たちが、ママという肩書の中に埋もれていることを実感する。

「――あの、晶子さんの活動のお手伝いさせてほしいんですが」

 自然と口から出ていた。

 育休中だろうが、リスキリング中だろうが、保活で忙しかろうが関係ない。罪滅ぼしではないが、自分も彼女のなにかの力になりたかった。

 すると、晶子は即座に首を振る。

「あなたは、自分の生きたいように生きて幸せになってよ」

「だけど――」

「それが私の活動のお手伝いなの」

 拒否に見せかけた、前向きな呼びかけだった。

私は、仕事も家庭も、みんな手に入れる

 晶子がかつて自分にかけてくれた言葉は、呪いではなかった。応援と適切な助言だった。

 麗菜が今後、壁にぶつからないように、心の準備をしてもらうための。

「道を、つくってほしいのよ。その先に行ったらお話を聞かせて」

 自分が今歩いている道は、晶子さんたちのやるせなさと怒りでできている。

 努力しても、どうしようもない時代が、世界があったのだ。今も誰かがどこかであがいているのかもしれない。

 ――私は、仕事も家庭も、みんな手に入れる。

 欲張りに前を進みたい。それは、自分のためだけじゃない。未来の誰かのためでもあることを祈って。

Fin

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


今のキャバ嬢が30歳を迎えても「オワコン」じゃない理由
「キャバ嬢なんて若いうちだけじゃん。30代になってから後悔すると思う」  これが世間の、水商売やキャバクラ嬢に対する一...
認知症の介護って辛い? 介護士が教えるリアルな現実とは
 連日、高齢者ドライバーの悲惨な事故が後を絶ちません。高齢者の身体能力低下に起因する事故もあれば、認知症が原因となってい...
強い女性になるには? ポジティブ思考でいるための5つの方法
「強い女性」というと、どんな女性を思い浮かべますか? 気の強い女性? アスリートのような筋肉隆々の女性? って、違います...
がん→子宮全摘まで“カウントダウン1カ月”の記録<私生活編>
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
悟り世代“だら先輩”に学ぶ…今日も1日仕事中にダラけたい!
 この話は、働く女性の誰もが思い描く「仕事中はダラダラして、定時にさっさと帰りたい!」という願望を確実に実行し続けている...
妄想がバレた? スッと姿を消したクールな“にゃんたま”君
「にゃんたま」に、ひたすらロックオン!猫フェチカメラマンの芳澤です。  きょうは、キリっとした眼差しの美形にゃんた...
ピアノが弾ける子どもにしたいなら?知っておきたい親の心得
 子どもの習い事というと「ピアノ」というイメージがありませんか? 今も昔も、子どもにピアノを習わせたいと思う親は後を絶ち...
金運に効く最強の花とは? いつの世もそれがキニナルの巻
 いつの世も…女性は「占い」や「おまじない」、「厄除け」なんてちょっぴり「スピリチュアル」みたいなものに大変なご興味のあ...
都内にいながら温泉気分を満喫できるオススメの「スパ3選」
 なんだか最近疲れたなぁ……。なんていう時は、一人でぼーっとする時間も必要です。お休みを使ってゆっくり癒されてみませんか...
イケ“にゃんたま”に囲まれて…モテモテ女子も大変なんです
 きょうは大変です!  イケにゃんたまωωに迫られるモテモテ女子が困っちゃっています。  若くてちょっと強引...
5歳過ぎてもオムツがとれない…意外な“おねしょの原因”とは
「もう5歳なのにまだオムツが外せなくて」「小学校にあがってもおねしょしてしまうんです…」 思わず、えっ!! と驚かれるよ...
親の介護は家族総動員 あるある問題とその後にすべき行動3つ
 親の介護と聞けば、多くの人が不安を抱くはずです。「自分を育ててくれた親だけど……」と思う反面、親の介護をすることで自分...
我慢強いA型長女は返上! がんがくれた「キャンサーギフト」
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
父譲りの哲学“にゃんたま”を持つ「オペラ座」のクールな視線
 きょうはレアなツートンにゃんたまω。かっこいい見返り美男でドキッ!  タオマークの様にも見え、哲学さえ感じさせる...
ハート型で可愛い…アンスリウムは恋愛を具現化したような花
 だいぶ以前になりますが……ウチのお花屋さんに居た若い女性スタッフM子のお話でございます。  これがまた大変にブッ...
都会にいて幸せになれるの? 「田舎の女」が幸せな理由4選
 格差社会といわれる日本ですが、年収や学歴のみならず、都会と田舎の格差も広がっています。都会を生きる女と田舎を生きる女は...