記憶から消えていく…加工アプリを使わずに撮った、本当の顔

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2025-06-30 11:50
投稿日:2025-06-30 11:50

こんな顔の人間なんて、存在するはずがない

 翌年の2020年2月以降は、ストリッパーとしてデビューしたため、舞台化粧の自撮りが急増している。公演をSNSで宣伝するためでもあったが、時間をかけた化粧を1日で落とすのがもったいなく、せめて写真に残しておきたかったのだろう。そのどれもが、フルメイクとはいえ、超人的に美しすぎた。

 金髪にブルーの瞳、毛穴のない滑らかな陶器肌は、まるで理想を具現化したアンドロイドである。加工アプリの効果は絶大なのだ。こんな顔の人間なんて、存在するはずがない。

 しかし生前を知らない捜査官は思うだろう。こんなに美しい人だったのか……。死に顔の瞼は腫れ、鼻は肉に埋まり、唇は色悪く干からびている(死んでいるから当然だ)。何より骨格が、顔のデカさが違う。もしや、別人じゃないか? 加工写真のせいで、捜査は迷走する。

 1年前も2年前も、6年前でさえも、記録の中では加工アプリの顔だ。そして私の記憶は老化もあって、加速度的に失われていく。このままではどんどん記憶が塗り替えられ、生まれながらにして完璧な美人であったと思い込んでしまう。

 芸能人が幼少期の写真をSNSで公開して、やっぱり子供の頃からかわいかったのか! とバズる現象を時折見かけるが、残念ながら私には提供できる写真が一枚もない。

 昔の紙焼き写真を全て実家に置いたまま家を出て、家族との縁が切れてしまった私には、子供の頃の顔を思い出す術もないのだ。意図せず、無加工写真を闇に葬り去ってしまった。

魚の処理と写真の加工

 先日、恋人ではない男性と、海で釣りをした。なぜいちいち「恋人ではない」とお知らせしたかというと、恋人ならとっくに加工アプリをスマホにインストールさせられているからである。

 釣り糸を垂れてしばらくすると、私の竿に大きな当たりがきた。リールを夢中で巻き上げると、釣り糸の先には立派なコノシロ。寿司ネタでおなじみのコハダである。うわーっ、美味しいお魚キター!

「写真撮って! はやく撮って!」顔の横に激しくビチビチするコノシロをぶら下げ、ポーズをとる。しまった!彼のスマホに加工アプリはない。しかし今からインストールなどさせれば、魚は針から外れて海にポチャンだ。背に腹は代えられない。

 LINEで送られてきた己の顔は、とうてい容認できるものではなかった。海風でボサボサになった髪と、日に当たって赤らんだ頬、嬉しすぎて糸目とおちょぼ口になり、得意げに上がった顎には、帽子のひもがぶら下がり、おばちゃん子供みたいで強烈だ。

 魚の鱗を削って皮を引き、なんとか人前に出せる刺身にするべく、ささっと加工アプリで処理をした。頬と顎を削り、ほうれい線を消して、肌の色を調整する。釣れたコノシロが、私の顔面調整と一緒に歪まないように気を付けなければ(昨今は人間の顔だけ判別して加工してくれるアプリもあるらしい)。

遺影はもちろん、加工アプリで

 こうして私は過去の記憶を改ざんする。そのうち釣れた普通の鯛を金目鯛に、どじょうをうなぎに加工し始めるかもしれない。忘れっぽい私は加工したことすら忘れて、しあわせな記憶とともに死んでいくのである。遺影はもちろん、加工アプリで撮影だ。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


やっかいなママ友トラブルにさようなら! 無駄なストレスを抱えない秘訣とは
 セックスレスやセルフプレジャー、夫婦の在り方などをテーマにブログやコラムを執筆している豆木メイです。  今回は「...
【調香師が推す】夏疲れを絶つ!アルガンオイルで作る簡単アロマ化粧水。フェロモンタイプ別に解説
 夏の疲れが一気に出やすいこの時期は、いつもよりていねいなスキンケアで肌を労(いた)わってあげましょう。今回は、フローラ...
万年夏休みなんて羨ましい! 木登り中のやんちゃ“たまたま”
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
我が子なのになぜ? 娘と気が合わない3つの理由と子育てが楽になる考え方
 人間同士には相性があり、親子だって相性が合わないこともあるでしょう。とくに、娘は母親と同性なので、余計に気になるのかも...
お地蔵さんのパワー
 街道の片隅で、どれだけの仏が力を合わせれば良い世の中になるのだろう。  日本全国津々浦々でも足りないの?
四字熟語「人三化七」読める? くれぐれも使い方にはご注意を
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
「大谷翔平です」はアレンジOK!? 初対面から好印象を抱いたLINEの面白い挨拶3つ
 LINE交換をしてから最初に送る内容は、意外と大切かもしれません。だって、ただの挨拶よりも面白い挨拶を送れば好印象を抱...
自分の年齢を言いたくない時は「98歳になるよ!」もアリ。困った時のスマートなかわし方6選
 40代を超えると、年齢はあまり言いたくないものになりませんか?(苦笑)年齢を聞かれた時には、スマートなかわし方を身に付...
幹事は多めに払うべき? 同窓会で見たちょっと切ない「友情とお金」の話
 ずっと続く友情っていいものですよね。大人になっても昔の友だちと飲みにいけるなんて幸せなことだなと思います。だけどスナッ...
【ゼクシィ付録】結婚予定はないけど買ってみた!「アフタヌーンティー」ポーチの実力は?
 結婚の「け」の字すらない状況なのに、こんなことをしていいのでしょうか。付録目当てでゼクシィを購入してしまいました!(汗...
メルカリか永久引き出し奥か。女友達からのいらない誕生日プレゼント6選
「誕生日プレゼントってもらえるだけで嬉しい♡」と、どんなものにも感激していたかわいい時代は、遥か昔。アラサー・アラフォー...
男社会で出世する女性は何が違うの? 特徴&今すぐ身に付けたい3つの習慣
 女性の社会進出はかなり進んできましたが、まだまだ男社会で出世する女性になるのはたやすい話ではないでしょう。では、どのよ...
「鏡も見たくなかった」対人恐怖症の筋肉マッチョが自分を好きになるまで
 日本で唯一のコンテスト主催団体による“生涯現役で魅力ある存在を目指す”ミスターコンテスト「Mr. Phoenix(ミス...
出費額は100万円!? なぜ筋肉マッチョは「ミスターコンテスト」に挑むのか
 女性の外見や内面の美を競うミスコンテスト(以下、ミスコン)。ルッキズムの議論が広がる昨今、ミスコンの意義を問う議論が絶...
記憶鮮明な阪神・淡路大震災発生前夜の“異変”。冬眠モードのカメが突然大騒ぎして…
 8月8日16時42分ごろ、日向灘を震源とする最大震度6弱の地震が発生。その後、気象庁が初めて「南海トラフ地震臨時情報(...
“たまたま”チェックに余念のない茶トラ君♡ 写真集の表紙になれるかな?
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...