脱いだ作家を守るために…作品を山に埋めた編集者の話 #3

うかみ綾乃 小説家
更新日:2020-12-29 06:00
投稿日:2020-12-29 06:00

 投資していた友人の失脚により、K社長はブラックな債権者から追われる身となりました。

 社長は行方をくらまします。居場所は誰にもわかりません。

 連絡がないのは、電話もメールも盗聴の怖れがあるからでしょうし、あるいはひょっとしたら、連絡のできない状態にあるのかもしれません。

 私はK社長の身を案じつつ、自分の仕事を続けるしかありませんでした。

 そうして3年ほどが経った頃です。事務所に、一通のFAXが届きました。

 K社長からの、ある県のコンビニから送られたものでした。

(当時は(いまも?)FAXがもっとも盗聴されにくい通信手段で、先進国の軍隊から暴力団まで、機密度の高い情報を送り合う際にはFAXを使用していたそうです。

 紙には、手描きの地図と、短い文章が添えられていました。

『あやさんの作品の在庫を、ここに埋めています』

 読んですぐに意味がわかりました。

 K社長は行方をくらます前、スタッフのひとりにこう言っていたそうです。

『会社が潰れたら、在庫はすべて債権者の手に渡るでしょう。でも、僕の会社で脱いだあやさんの作品だけは、中古書店の百円ワゴンセールに積まれるような真似はさせません』

 K社長は逃亡する前に、私の作品を会社の倉庫からを持ち出し、ある山奥に埋めて隠したのです。

 状況が状況なだけに、事務所スタッフたちには不安が過ぎりました。

「これは本当に、K社長からのFAXなのだろうか」

「埋まっているのは、ひょっとして……」

 が、ひとりのスタッフが立ちあがりました。

「これはK社長の筆跡で間違いない。あの方はどんな目に遭おうが、自分の心情を曲げた文字を書く人ではない」

 そして、そのスタッフが車にスコップを積んで、地図にある場所に行ったところ、果たしてそこには、私の本の在庫が、段ボールや油紙や袋に何重にも梱包され、埋められていたのでした。

 私は感動する以上に、打ちのめされました。

 脱いだ自分と、作品を守ってくれる人が、実はいたのだと。

 それがほかの誰でもない、K社長だったのだと。

 私が脱ぐ区切りしとしていた6年間は終わろうとしていましたが、このことで、もう1年、最後に好き放題にやろうと決めました。

 その1年には、初めて脱いだときと同じ開放感が満ちていました。

 いまも私はK社長の行方を知りません。タフな方ですから、案外近くで文芸関係の仕事をなさっているのかもしれず、あるいはまったく違う世界にいらっしゃるのかもしれません。

 その後、私は、仕事で知り合った人から、「あの作品のあやさんですよね」と言われることが、たまにあります。「持ってます」「好きでした」と、たとえばそれは私の惹かれる漫画家さんだったりストリッパーさんだったり詩人さんだったり。

 そんなに売れたわけではないのに、ある役者さんの公演に行ったときは、関係者のうちの3割がこの作品を持ってくださっていたという濃密さ。

 そんなとき、自分がしてきたことは、まんざらでもなかったなと思い、いまも地続きの世界にいることを自分なりに誇らしく思え、その嬉しい気持ちを、K社長に伝えたくなります。

うかみ綾乃
記事一覧
小説家
2011年「窓ごしの欲情」(宝島社文庫)で日本官能文庫大賞新人賞受賞。’12年「蝮の舌」(悦文庫)で第二回団鬼六賞大賞受賞。コラムニスト、映画の原作&脚本家としても活躍中。近著に「蜜味の指」(幻冬舎アウトロー文庫)。2020年から原作映画『モンブランの女』(『モンブランを買う男』AubeBooks)が全国で公開中。
ブログ http://ukamiayano.blog.fc2.com/

ライフスタイル 新着一覧


ほっこり読み切り漫画/第63回「フクフクモフモフ規格外ナノダ」
【連載第63回】  ベストセラー『ねことじいちゃん』の作者が描く話題作が、突然「コクハク」に登場! 「しっぽ...
子、姪、甥への「お年玉適正価格」問題 親戚と決めた我が家のルールは…
 子供たちのお正月の楽しみといえば、なんといっても「お年玉」ですよね。でも、大人にとっては「親戚の子へのお年玉の額をどう...
「自信がない人」必見! 必要なのは“勇気”なのかもしれない
 突然ですが、みなさんは自信と勇気の違いって説明できますか? 私はよく自信がなくて悩むのですが、本当は「勇気のなさ」こそ...
鮮やかな朱色にハッとする 見つけたのは秋が忘れていった物
 ずいぶんと歩いたけれど、ひときわ映える朱色にハッとして顔を上げた。 「秋の忘れ物」もきっと鳥に見つかって、最後は...
共働き夫婦はいつ洗濯物を干すのが正解? 一長一短な6つの選択肢
 現代では、多くの夫婦が共働きですよね。そこで問題となるのが「洗濯物をいつ干すか」という点です。特に朝からのフルタイム出...
Tバックで足が速くなる? 40女が自己ベストを更新できたワケ
 先日行われた「第18回湘南国際マラソン」の「ファンラン10kmの部」に参加してきました。ランニング歴15年にして初の1...
カメラマンの本領発揮! ウブ“たまたま”を追いかけパチリ
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
節約は正義!家庭で過ごすクリスマスアイデア【飾りつけ編・レシピ編】
 一年の最後の大イベントといえば、やっぱりクリスマスですよね。特に子供のいる家庭では、部屋の飾りつけやパーティー料理など...
2023-12-07 06:00 ライフスタイル
縁起悪っ!ポインセチアが毎年グッタリな人へ…NG事項と育て方のコツ
 クリスマスを彩る真っ赤なポインセチアですが、実は暑い地方が原産で「寒いのは苦手」。そんなポインセチアを綺麗に長く楽しむ...
「うちの夫が美容に目覚めたら…」謎のこだわりと行き過ぎた美意識エピ
 美容といえば、女性を連想しますよね。でも最近では、男性もメイクやスキンケアをするなど美意識に変化が現れています。  ...
探し物のほうも「見つけられるタイミング」をうかがっている
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
気が重すぎる…。年末年始に義実家への帰省を円滑に回避する4つの方法
 年末年始が近づくにつれて「義実家への帰省がしんどい」と、気が重くなる妻たち。せっかくの新年なのに、1日中気を遣って食事...
お気に入りの柔軟剤♡ドラム洗濯機の乾燥モードでどうなる?
 初めまして! 大切なお洋服を洗っても、イヤ~な臭いがするとテンションが落ちてしまうコクハクガールズ1期生の「よもも」と...
1日8時間労働は働きすぎ? 理想の働き方を手に入れる方法
 セックスレスや婚外恋愛、セルフプレジャーをテーマにブログやコラムを執筆しているまめです。  海外のTikToke...
16年物グレゴリー「フローラルタペストリー」を卒業!ネットで新調し涙
 趣味もファッションもその時の流行りや年齢で変化しますが、それとは別にいつまでも好きなモノってありませんか?  30代...
子供のおねだり攻撃をかわす4つの対策&絶対やってはいけない行動
 子供はいつでも自分の欲求を全力でぶつけてきます。だからこそ、子育ては本当に体力&忍耐勝負! 特にママたちを困らせるのが...