45歳、いつになれば楽になる? 自由に生きてるはずの私が、定食屋の秋刀魚で涙を滲ませた理由

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2025-09-30 11:45
投稿日:2025-09-30 11:45

自分らしい日々を過ごしているけど…

 同年代の社会人に比べれば収入は少ないが、その分、時間に自由が効くし、猫と住むために少し無理をしたアパートも、友人が夫と二人で暮らすマンションのキッチンくらいのサイズはある。猫は成人男性よりだいぶ小さいから、それで何の問題もなかった。

 無駄な付き合いは止め、馴染みの友人らとだけ食事や飲みに行くこの頃だ。酒もカロリーもセーブしていないし、養う人もいないから節制をするつもりもない。まるで年がら年中サンダルとムームーで過ごすような、それでいて宵越しの金はもたない武士のような、自分らしい日々を過ごしている。

 好きな本をおもむくまま読んだり、趣味である釣りにふらりと出掛けたり、そうやってさして金のかからない褒美を己に与える余裕もあるのだ。しかしそれでも、あっさりと暗い波に飲みこまれてしまう。

秋刀魚を見て思う「人間」という生き物

 今年の秋刀魚は豊漁だそうで、スーパーにはあらゆる手持ちの皿からもはみ出すサイズが手頃な価格で並んでいる。あれほど不漁で、もう秋刀魚は手の届かない魚になってしまったのかと思われた去年、いったい秋刀魚は何が気に食わなかったのか。天然のものはそうした読めないところがある。

 同じ種類の魚が、時によって100円だったり1000円だったりしても、そういうものだと納得するしかない。しかし人間は、特に金の絡む仕事においては、それが許されない。人間だって天然の生き物なのに、去年と今年が同じであることが当然のように求められる。

 同じ海に船を出しても、昨日は捨てるほど獲れたのに、今日は1匹も獲れないかもしれないのだ。それでも定食チェーンの「大戸屋」は生秋刀魚の炭火焼定食を毎日同じ価格で提供する。立派な秋刀魚を皿に2尾も乗せて。

 私はそのありがたい定食をたっぷりの大根おろしといただきながら、涙を滲ませた。人間はいつも同じであるように無理をする生き物なのだ。

ごめんなさい、また来月!

 この連載は月に一度、締め切りが近付くとふんわりとテーマを思い浮かべ、さっと短時間で書き上げている。

 もう42回ともなれば同じような筆圧で、同じような分量のエッセイを書くことにはもう慣れているはずだが、今月はどうも気分が乗らず、うまくオチがつけられないということを旬の秋刀魚の話などを挟み、長々と言い訳した次第だ。

 二度は使えない手を使ってしまった。ごめんなさい、また来月!

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


#2 友達の結婚、喜べないのはなぜ? 勝ち組を裏切りだと感じてしまう記憶
【#1のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、芸人の卵や音楽仲間と毎日飲み歩いている。高円寺はうんざ...
#3 結婚で“輪”から去る友人への寂しさ。心地よい独身生活で失ったもの
【#2のあらすじ】  ミュージシャンの沙恵は高円寺に暮らし、毎晩芸人の卵や音楽仲間と飲み歩いている。高円寺はうんざ...
妙齢って何歳? 三省堂 現代新国語辞典のいまっぽい凡例に注目
 知っているようで意外と知らない「ことば」ってたくさんありますよね。「女ことば」では、女性にまつわる漢字や熟語、表現、地...
母親が施設から帰ってくる夢…認知症の予兆を「ボケたな」で済ませない
 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(63)。多忙な現役時代を経て、56歳...
#1 夢を諦めきれない32歳の女。高円寺で燻る芸人らと酒に溺れる日々
 この街は、まるでネバーランドだ。  いつもの店に行くと、いつもの仲間がいて、相変わらずのバカな話で盛り上がれる。...
「最終的には学歴!」すごいですねー(棒)高学歴義母のマウントLINE3選
 義母が高学歴だとなんとなく上品でスマートな人柄が連想されますが、現実では学歴の高さと人格は比例しないようです。実際には...
2025-02-20 17:59 ライフスタイル
黄金色の葉と朱赤の柿の景色 心まで秋色に染まるような日
 秋は色鮮やかな季節。まるで黄金色のイチョウの葉、鮮やかな朱赤の柿。  心まで秋色に染まるような日だった。 ...
同僚のボールペン“カチカチ”に敏感反応!繊細すぎる人へのLINEどう返す
 世の中には、人一倍豊かな観察力や感受性を持つ人も存在します。そうした人は「優しい」「気遣いができる」などの長所をたくさ...
ムーミン好き必見!ESSEの時短レシピ&開運グッズ付録など使いこなす術
 今回ご紹介する雑誌付録は、「ムーミントラベルポーチ3点セット」と「別冊付録:保存版!ESSEのBest時短ベストおかず...
おひとり様全盛時代でも? 老後こそ“コミュ力”がものを言う
 ぶっちゃけ、私はあまり人づきあいが得意なほうではありません。一人のほうが気を遣わなくていいし、楽だから。  これから...
年末大掃除、夫が戦力にならない…今年こそやる気を出してもらう方法4つ
 年末の大仕事といえば、家の大掃除ですよね。やはり、一年の汚れを綺麗にしてから、新しい一年を迎えたいものです。でも、何か...
「何で後ろから撮るにゃ?」“たまたま”の質問攻めにきゅん♡
「にゃんたま」とは、猫の陰嚢のこと。神の作った最高傑作! 去勢前のもふもふ・カワイイ・ちょっとはずかしな“たまたま”を見...
「見慣れる」ってこわい 散らかった部屋を眺めて考えたこと
 北海道で暮らす、まん丸で真っ白な小さな鳥「シマエナガちゃん」。動物写真家の小原玲さんが撮影した可愛くて凛々しいシマエナ...
日用品は見た目も大事よね♡ 好みの香りで良質な睡眠時間を
 コクハクリーダーズ1期生の「あんず」と申します。今回、ワクワクしながら新商品を使う機会に恵まれました。  日常生活で...
2023-12-16 17:32 ライフスタイル
コスパ最強!シクラメン超長生き育成術、この冬は美しい姿をキープさせる
 暖冬にも程がある2023年師走ですね。  カントリー風情たっぷりの立地にある猫店長「さぶ」率いる我が愛すべきお花...
温泉旅行を計画中! でも浴衣の下は何が正解? オトナ女性の3つの選択肢
 彼氏や女友達と楽しむ温泉旅行。最近では旅館に添えつけの浴衣が用意されているところも多いですよね。  でも浴衣姿で...