私は子供部屋おばさん?彼氏ナシ・非正規でもシフォンケーキで満ちる日常

ミドリマチ 作家・ライター
更新日:2024-02-10 06:00
投稿日:2024-02-10 06:00

ささやかで穏やかなかおりの西荻窪の日常

「おかえり。早かったのね。カフェに寄るんじゃなかったの?」

 帰るなり、御年67歳の母親・信美が台所から顔を覗かせた。

「会社で残業頼まれちゃったから、行くのやめた」

「じゃあ夕飯、一緒に食べる?」

「もちろん。お腹減ったぁー」

母と娘の静かな暮らし

 現在は善福寺川沿いの築30年の一軒家に母子2人で暮らしている。父親は5年前に病気で亡くなった。

 かつては世間体に合わせるように「いい人がいれば」と結婚を急かしていた信美だったが、今はかおりの妹が結婚し、孫が生まれ満足したのか、近頃は話題に出ない。

 むしろ、10年先もかおりがこの家にいるテイで未来を語られることもある。きっと寂しいのだろう。

 高校時代に買い、今も現役のへんてこな柄の古着を着て外にでても何も言わなくなった。

 それが心地よくもあり、居心地の悪さだったりする。

シフォンケーキは私に似ている

「――シフォンケーキ、どうぞ」
 
 夕食後、クイズ番組を見ている信美の前にかおりは切り分けたシフォンケーキを運んだ。

「あら、ありがとう。そういえば、冷蔵庫に見慣れない箱があったね」

 和レトロなちゃぶ台。美濃焼のお皿にとろりとしたクリームを添えたシフォンケーキと紅茶。

 まるでカフェのようなテーブルセッティングでかおりは並べた。

「福生のちゃんちゃら堂のシフォンだよ。私も初めて食べるんだ」

 信美はいつも付き合いで食べる程度だが、まんざらではないらしい。

シフォンケーキに惹かれる理由

「最初はクリームつけないで食べた方がいいのよね」

「そうそう、まずは生地の味と食感を楽しむ」

 スマホで撮影したのち、かおりは丁寧に生地にフォークを入れ、口に運んだ。

 その優しい甘さ。感嘆のため息をつくと、ユニゾンするように信美も同じような声を上げた。

「おいしいねえ〜。この前食べたのと同じもの?」

「ううん。先週買って来たのはまた別の。どちらかというと、前のはエアリーな感じだったかな? 私は生風味が好みだから、こっちの方が好きかも」

「そう。細かいことはよくわからないねえ。どれも代わり映えしないし」

 信美は理解できないようだが、かおりがシフォンケーキを好きな理由はそこにある。

 手作りのものは、どれも自己主張を抑えたほのかな味わい。インパクトがない、似たような食感や見た目だけれど、いざ口にするとそれぞれに特徴がはっきりと存在している。

 東京の片隅で埋もれながらも、生きたいように生きている。そんな自分とシフォンケーキを重ねているのかもしれない。

穏やかな日常、それだけで十分幸せ

『今日も完食。ごちそうさまでした♡♡♡♡♡♡♡♡♡』

 2階の自分の部屋に入るなり、かおりはパイプベッドの上でスマホを開いた。それはシフォンケーキを食べた後の儀式のようなものだ。

 さっそく、Instagramを更新した。

 写真とともに、コメント欄には食感や味のレポート、お店情報などを記録するのだ。最後は♡の数で点数をつける。

 時間はもう22時。あとは、お風呂に入って歯磨きして寝るだけ。

 朝起きたら工場へ。たまにカフェに寄って帰宅。

 休日は、未知の味を求めて遠征したり、信美に付き合って街へ出かけたりすることもあるが、毎日はその繰り返し。

 素晴らしい日々だ。

 この穏やかな日常が続くなら、これ以上望むものは何もない。

 かおりは十分幸せだった。

#2へつづく:のんびり穏やかな日常。だけど波風は突然訪れるもので…】

ミドリマチ
記事一覧
作家・ライター
静岡県生まれ。大手損害保険会社勤務を経て作家業に転身。女子SPA!、文春オンライン、東京カレンダーwebなどに小説や記事を寄稿する。
好きな作家は林真理子、西村賢太、花村萬月など。休日は中央線沿線を徘徊している。

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


暑い日は木陰でウトウト…“にゃんたま”維持には養生が一番
 ニャンタマニアのみなさまこんにちは!6月なのに暑い日が続きますね。  にゃんたまωって、温めちゃいけないそうなん...
子どもを比べない子育てを 「いつかできる」の視点を持って
 今も昔も、「親」は自分の子どもと他の子どもの成長をつい比べてしまいがち。でも、結論を言うと、できるできないを比べても何...
転院先に…スーパーポジティブ母とスーパードクター現る
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
ごはんの時間だ♪ ぴょんぴょん跳ねる腹ペコ“にゃんたま”
 きょうも世界一かわいい下ネタ、にゃんたまωにロックオン。  おなかすいた~。ごはんのじか~ん!目の前をにゃんたま...
義母とほどほど良い関係を築くには? 5つのポイントを紹介
 今も昔も「嫁 vs 姑」問題に悩む女性は多いです。義母とうまくいかないことで離婚に至った、という話も聞きますよね。でも...
ラベンダーの“魔力”とは? 芳ばしい香りには厄除けの効果も
 初夏にかけて、お花屋さんの店頭にはさまざまな種類のラベンダーの鉢が並び始めます。小さく可愛らしい花を細い茎の先にたくさ...
中国の幼稚園の給食事情は? 徹底した衛生面と栄養管理の今
 保育園コンサルタントの小阪有花です。今回、私はお仕事で、中国・天津にあるセンディ幼稚園を視察してきました。そこで気にな...
ママは産後7年を育児に捧げるべき?仕事や夢との向き合い方
 妊娠・出産を終えてほっとしたのも束の間、そこから始まる育児期間。ママは「我が子のためなら自分は二の次」になってしまいが...
母性本能が止まらない…将来有望な赤ちゃん“にゃんたま”
 わんぱくでもいい、立派なにゃんたまに育ってほしい!  大好評のリクエストにお応えして、こにゃんたまωにロックオン...
なぜ出張ホストをしているの? この仕事を選ぶ男性の心理
 最近、出張ホスト(レンタル彼氏)のニーズが高まっています。おひとりさま社会と言われ、恋人がいない独身女性が増えているの...
保育園で暴言を繰り返す 5歳の男の子にとるべき行動とは?
 こんにちは、チャイルドカウンセラーの小阪有花です。今回は、私が保育園に勤めていた時に出会った、“暴言”を繰り返す5歳の...
がん専門病院への転院 “ダム”決壊で真っ先に浮かんだ顔は…
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー1年生です。がん告知はひとりで受けました。誰...
ここは僕の縄張りにゃん パトロール中“にゃんたま”をパチリ
 忙しいな忙しいな!日課のにゃんたまパトロール。  にゃんたまは、縄張りに自分の匂いを付けて回ります。  こ...
開運花師が解説します ピンクのバラを恋愛お助けアイテムに
 はじめまして。あなたを幸せに導く一番簡単で手軽な開運アイテム「花」を分かりやすく解説させていただきます、ワタクシ、開運...
焦らずに…赤ちゃんがハイハイで得られる3つの効果と注意点
「うちの子どもはハイハイばかりしていて。歩く気を起こさせるのにはどうしたら?」――。チャイルドカウンセラーとしても活動し...
この縄張りは渡さにゃい! 仁義なき“にゃんたま”抗争勃発中
 今回は、にゃんたま同士の決闘シーン。  きょうこそは、この縄張り問題に決着をつけにゃいと!  目を逸らさず...