ヘアサロンから濡れ髪のまま飛び出てくる女、になった。

新井見枝香 元書店員・エッセイスト・踊り子
更新日:2022-10-20 06:00
投稿日:2022-10-20 06:00
 書店員として本を売りながら、踊り子として舞台に立つ。エッセイも書く。“三足の草鞋をガチで履く”新井見枝香さんの月イチ連載です。のっけからこじらせっぷり、炸裂!

切実すぎるヘアサロン問題

 髪の毛がびしゃびしゃのままヘアサロンから飛び出てくる女を、貴方は見たことがあるだろうか――。

 踊り子仕事で遠征する直前、いつも指名する美容師のEさんと、どうしても予定が合わず、仕方なく同じ店の、Eさんの後輩にお願いすることにした。都内に戻るのは1カ月後。すでに金髪の根元には黒い毛が数センチ伸びている。大変気が進まないが、背に腹はかえられない。

 嫌な予感を押し殺し、店のドアを開けると、自分みたいな金髪の女性が、緊張の面持ちで待機していた。先輩から「ちょっとめんどくさい人」とでも説明を受けているのか、妙に及び腰である。

 Eさんと同じように、まずは軽くカットして、ブリーチ剤を根元に塗布し、しばし時間をおく。

 むずむずむず。何がどうというわけでもないのだが、スマホをいじっても本を開いても、心が千々に乱れ、落ち着かない。やっぱり無理か。とても慎重に作業してくれているのがわかるだけに、つらい。

とにかく即、帰りたい

 シャンプー台へどうぞの時点で、私の視界には金銀の星が飛び交っており、後輩美容師に「帰りたい」旨を伝えた。カラーもトリートメントも終わっていない今の時点では、湿ったとうもろこしのひげみたいな頭だし、そもそも髪には薬剤がたっぷり乗っている。

 それでも私は頑なに「即刻帰りたい」と主張し、慌てた後輩美容師は、せめてブリーチ剤を流させてくれ、と私の顔にサッと白い布をかけた。

 それは暴れる動物に布袋をかぶせるが如く。視界が遮断されると、さらにむずむずといらいらは増幅し、猛獣は足をばたつかせた。

髪の毛を優しく触れられるのが苦手

 もちろん担当者には何の落ち度もない。ただ私というめんどくさい客が、他人に髪の毛を、そっと優しく、壊れもののように触れられるのが苦手なのだ。コショコショと他人のペットを撫でるようにシャンプーされると、こそばゆくて息苦しく、絶望的な気分になるのだった。

 いっそ、キャットファイトのように掴んで引っ張って、ついでに頭を叩いてくれたらいいのに。しかし、ごく稀に、痛くされなくても好きになってしまう人がいる(ドMみたいだな……)。

 その女王様、じゃなかった、美容師が辞めてしまうと、また出会えるまでは、カットもカラーもセルフで行うしかない。傾向として女性より男性のほうが苦手だったが、やってみないと相性がわからないので、困ったものである。

安くない代金を払うのに…

 理由はわからないが、相手の努力でどうにかできるレベルの話ではないことだけは確かだ。安くない代金を払って、気持ち悪いことに堪えるなんて、私がかわいそうである。

 そういうわけで、新宿の街を濡れ髪で歩くことになったのだ。それでも苦行から解放された私は、妙にすがすがしい気分で、少し笑ってさえいたかもしれず、それがまた奇行っぷりに輪をかけていたはずだ。

 新宿の街が、めずらしく歩きやすかった。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


自分で皮下注射も…採卵手術前日までにやるべき3つのこと
 日本は不妊治療の件数は世界一なのに、体外受精で赤ちゃんが産まれる確率は最下位。そんな状況を変えるために、ミレニアル世代...
キリスト教のお盆「ハロウィン」 その由来とカボチャの意味
 ワタクシ、全く上達しないドイツ語の個人レッスンを受けております。上達しない理由は一重にワタクシの不真面目さによるもので...
月吹友香さん<後>41歳専業主婦が小説家を目指して見えたもの
 第18回(2019年度)「女による女のためのR-18文学賞」(※)の大賞受賞作「赤い星々は沈まない」は老女の性を大きな...
自然災害に巻き込まれた…子どもとどう向き合ったらいい?
 台風19号の爪あとが各地に深刻な被害をもたらしていますが、近年は相次ぐ自然災害で被災住民が避難生活を余儀なくされるケー...
今日の議題はにゃに? 夕暮れの猫集会でポロリ“にゃんたま”
 猫の島、日暮れ近くに猫の集会にお邪魔しました。  おのおの一定の距離を保って、茶白、黒白、サビ、三毛、キジ、サバ...
月吹友香さん<前> 私がR-18文学賞で高齢者の性を描いた真意
 読書の秋到来。直木賞や芥川賞、日本推理作家協会賞に本屋大賞……国内には数多の文学賞がある中で、「R-18文学賞」(※)...
“生活習慣病”も予防して! 介護は認知症だけじゃないんです
 日本は長寿大国です。誰しも安心して生涯を全うできるとしたら、高齢であることはとても素敵なこと。しかし、介護士でもある筆...
子宮全摘だけでもつらいのに…腸閉塞で長さ190㎝の管を挿入
 私は42歳で子宮頸部腺がんステージ1Bを宣告された未婚女性、がんサバイバー2年生です(進級しました!)。がん告知はひと...
犬でなく人間だったらと思うと…モラ気質なワンコの実態3選
 モラハラ気質は、人間だけに限ったお話ではないのかもしれません。「うちの犬が人間だったら、モラ男(モラ女)に違いない…」...
癒し系の彼女になって? 恋愛はそういうサービスじゃない!
 あなたには理想の恋人っていますか? 「優しい人がいい♡」「背が高くて色白がいい♡」「お金持ちがいい♡」  好きなタ...
魔法の鍋! 自動調理鍋の購入でキッチンはどう変わったか?
 最近話題の自動調理鍋。材料を入れてスイッチを押すだけで、料理ができてしまうという優れもののようです。少しでもラクをした...
お日様パワーでモテにゃんに…ぽかぽか日光浴“にゃんたま”
 きょうのにゃんたまωは、雨上がりの日光浴。  濡れた毛を乾かして、お日様パワーでぽかぽかリラックス♪  気...
共感されないけど…子どもを欲しいと思わない女の4つの理由
「子どもが欲しいと思わない」――。女性がポツリともらすと、男女問わず「どうして!?」「なんでほしくないの?」と質問責めに...
人はなぜ死者に花を手向けるのか? 古代から続く花のチカラ
 お花屋さんという御商売は、本当にさまざまなお客様のいらっしゃる場所でございます。ワタクシのお店は神奈川でもちょっぴりカ...
都会男子にスナックがブーム?おしゃれな20代男子が集うワケ
 スナックといえば従来は、場末な雰囲気でおじさんが多くて、煙たいイメージが強かったかもしれません。しかし、今そんなスナッ...
なぜ内縁の夫や再婚夫はシングルマザーの連れ子を虐待する?
 女性の連れ子を虐待する内縁の夫や再婚夫の事件があとを絶ちません。一体どうしたら彼らの凶行を防げるのでしょうか。虐待する...