更新日:2024-05-29 06:00
投稿日:2024-05-29 06:00

「知ったかぶり」との付き合い方

「知ったかぶり」という言葉がある。実際は知らないのに、知っているようなフリをすることだ。

 知らなかったことを恥ずかしいと感じる場合に、吐(つ)いてしまいがちな嘘である。そのうえ面倒くさがりな私は、話の腰を折ってまで質問するのをしばしば怠り、結果として知ったかぶってしまうケースも少なくない。

 嘘は吐きたくないのだが、話が続けば続くほど嘘を重ねてしまい、致命的なボロが出ないかと、話が終わるまで生きた心地がしない。

 こうして、知ったかぶりをした人は、結果苦しむことになる。だから、たとえ知ったかぶりをされたことに気付いても、スルーしてあげるやさしさは持ち合わせているつもりだ。

「知らないふり」がやめられない

 しかし「知ったかぶり」以上にどうしてもやめられないのが、「知らないふり」である。とっくに知っていることでも、「へ~そうなんだ!」と嘘を吐く。

 馬鹿にしているわけではない。この手の方便は、私自身がモノを知らない人だと思われるだけで、相手を嫌な気持ちにさせることがなく、むしろ喜ばせさえするのだ。

 なぜなら、自分から出した話題は、その人がしたい話であり、ましてや相手がそれを知らなければ、教えてあげる気持ちよさが伴う。私がそれを知らないと思って話し始めた相手に、「あ~知ってる知ってる」と水を差しても、誰も得をしないではないか。

「知ったかぶり」は自分のために、「知らないふり」は相手のために吐く嘘なのだ。性格が悪い奴だなんて、言わないで欲しい。

新人ストリッパーの教育係を拝命した

 先日、ついに新人ストリッパーの教育係を担当することになった。ダンスの振付ではない。独特のルールが死ぬほどある楽屋生活について、一緒に働きながら、ひとつひとつ教えるのだ。デビューして4年も経てば、そういう役割もまわってくるのである。

 私の至らなさで、彼女が苦労することになったら大変だ。今後の踊り子生活を円滑に送るために、知っていることはすべて正直に伝えたい。

衣装片付けルールにおける建前と言質

 ステージで踊り子が脱ぎ捨てた衣装は、次の出番の踊り子が片付ける、というルールがある。舞台袖の床に落ちたままでは衣装が汚れるし、出番を終えてから片付けていては時間のロスになるからだ。

 狭い舞台袖に大きなドレスが落ちたままでは、通行の妨げにもなる。しかし出番が次の踊り子には、自分の支度があり、本来、人の世話をしている暇などない。そういうわけで、建前で「お衣装はいかがしますか?」と初日に確認し、「自分でやるので大丈夫です」という回答をもらう必要がある。

 一見無駄なことのようだが、郷に入っては郷に従え、そうして秩序は保たれてきたのだろう。

 しかし中には、着物と帯と腰紐をこれこれこういう風にハンガーにかけて欲しい、と事細かに指定する人もいる。別にいじわるで言っているわけではない。

 そうやって新人に衣装を触らせることもまた教育だ、と先輩は考えているのである。

「大丈夫」は嘘のパターンもある

 それよりもやっかいなのが「大丈夫」と言ったくせに、それを馬鹿正直に信じて全く片付けないでいると、あとで文句を言う人だ。つまり「大丈夫」が、建前という嘘なのである。

 この不思議な世界で、自分の身を守るためには、これをうまく見抜かなければならない。

 その週、彼女は私の次の出番であった。これはトレーニングにぴったりだ。

「ミエカ姐さん、お衣装はどうされますか?」

「あっ、大丈夫です~」

 彼女はじっと私の目を見て、嘘ではないことをあっさりと見抜いた。そう、私は正直者です。

その聞き方、どうなのよ?

 いつものステージに加え、新人教育でヘトヘトの私は、仕事帰りに男性の友人を誘って、地元で酒を飲んだ。解放感からか、しこたま酔って、なぜか自慰の話になる。

「週に何回?」と当たり前のように聞かれれば、なぜか急に恥ずかしくなって「人生で一度もしたことはない」と答えた。いくら酔っているとはいえ、レディにその聞き方はデリカシーがなさすぎるだろう。

 その後、気を取り直してもう一軒行くことになったが、そこで我が家の猫、くーちゃんにごはんをあげていないことを思い出したのだ。

「紫色が好きなんだね」

 猫に会ってみたい、と付いていくる酔っ払いをかわすのも面倒で、一緒に家のドアまでたどりつくと、ニャーニャーと催促の声が聞こえる。急いで部屋に入って、カリカリを皿に流し入れた。すると、勝手に上がった友人が、背後で変なことを言ったのだ。

「へぇ、紫色が好きなんだね」

「いや、どっちかっていうと嫌いだけど。なぜ?」

 振り向いて答えると、彼の指さす先には、枕元に放られた、紫色の、いわゆるピンクローターがあった。

「嘘吐き!」

 この場合、得意の「知らないふり」は適用できない。そう、私は嘘吐きです。

新井見枝香
記事一覧
元書店員・エッセイスト・踊り子
1980年、東京都生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントを積極的に行い、芥川賞・直木賞と同日に発表される、一人選考の「新井賞」は読書家たちの注目の的に。著書に「本屋の新井」、「この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ」、「胃が合うふたり」(千早茜と共著)ほか。23年1月発売の新著「きれいな言葉より素直な叫び」は性の屈託が詰まった一冊。

XInstagram

関連キーワード

ライフスタイル 新着一覧


子育て進化論! 「ママが楽になれる」育児の方法と思考法
 ママになった瞬間に始まるのが、親世代の方からの子育てアドバイス。初心者ママにとってはとても心強く、「なるほど〜!」の連...
スマホで拡大してほっこり…これも“にゃんたま”の楽しみ方
 世界のにゃんたまωカメラマン、芳澤です。  自由国民社より写真集「にゃんたま」絶賛発売中♪ 日々の癒しにページを...
カラオケ嫌い女子に音楽家が伝授! 歌をうまく聴かせる秘策
 女子会や2次会でカラオケへ!という流れになると、「嫌だなぁ」と、ため息をついていませんか?実は、歌唱力自体を上げること...
お食事中を盗撮!ごはんに夢中のくいしんぼう“にゃんたま”
 ちょっと…うしろからにゃんたま撮られてるよ?  三毛猫のカノジョがにゃんたま君に忠告しています。  きょう...
ママ友の選び方は? 無理せず子育て期間を過ごすための秘訣
 児童館などに行くと必ず見かけるママ友集団。このコミュニティーは幼稚園や保育園、小学校、習い事やご近所同士など、子どもが...
夫泣かせな妻ってこんな人…「姑イビリをする嫁」の共通点
「嫁姑問題」と聞くと、昔は姑からの嫁イビリが主流でしたが、最近では嫁が姑をイビるパターンも珍しくないそうです。「女性が強...
尻尾の曲線も美しい 斜め後ろからのチラリズム“にゃんたま”
 にゃんたまを見る、好きな角度ってありますか?  きょうのにゃんたまは、ちょっとナナメ後ろからのチラリズム、私の好...
尻尾を上げ自慢のお宝を…モテモテ猫のご立派“にゃんたま”
「にゃんたま」に、ひたすらロックオン!猫フェチカメラマンの芳澤です。  きょうのにゃんたまは、まるで熟れた果実のよ...
ハワイ旅行<買い物編> 食料品やブランド物がお得な店は?
 さて、今回はハワイ旅行「滞在編」です。ホノルルに着いたら足元を軽くして上着を脱いでまずはホテルへ。現地には午前中に着く...
恋の季節でもマイペース ゆっくり夢を育む若い“にゃんたま”
 ニャンタマニアのみなさんこんにちは。  にゃんたまには夢が詰まっています。きょうのタイトルは「花とゆめ」と付けた...
発達障害? もしかして…と感じる子と向き合うことについて
 最近よく耳にするようになったADHDや自閉症スペクトラム。私は発達障害の専門家ではないので、それらの症状を持った子とそ...
彼氏の部屋の片付けポイント “お節介”にならないためには?
「彼の家で掃除をしたら喧嘩になった」そんな経験がある方は多いはず。散らかった部屋を、つい片付けたくなる気持ちは分かります...
ハワイ旅行<準備編> スーツケースには何を入れたらいい?
 せっかくのバケーション、今年はちょっとリッチにハワイ旅行!という方もいるのではないでしょうか?でも、ハワイの情報ってネ...
3万分の1の奇跡…激レアの縞三毛“にゃんたま”に幸福祈願
 きょうはリラックスにゃんたま。  くつろぎタイムに至近距離からにゃんたまロックオン! 毛色をよく見ると…にゃんと...
親友と呼べる女友達へのプレゼントは何がいい? 4つの選び方
 女性はプレゼントを送り合うのが好き。でも、気の知れた親友へのプレゼントって、好みを知ってる分、本当に悩んでしまいますよ...
見返り美男子…「ニャハ市」裏市長のクールな“にゃんたま”
 カッコイイにゃんたま! 惚れ惚れしちゃいます。  クールでハンサムな見返り、抜群のポーズで見得を切ってくれました...