更新日:2022-06-17 06:00
投稿日:2022-06-17 06:00

別れた後の反動が怖い…

――怖い……ですか?

「はい、怖さのほうが先立ちます。おそらく私たちはもう一度抱き合うでしょう。ダブル不倫という十字架を背負い、それでも抑えきれない欲望を抱えて、肌を重ね合うはずです。

 彼の気持ちは分かりませんが、少なくとも私は『大人の男女の割り切った恋』とは言えない状態にあります

 彼に抱かれている時は、どっぷりと幸せに浸れるものの、別れた後の反動が怖くて……あの夜、実家の布団の中で、声を殺して泣いたことが忘れられないんです。

 急速にこみ上げてきた孤独感や、決して手に入らない彼への執着心……。自分の感情をうまくコントロールできるか不安で心配でたまらなくて……」

「彦星と織姫になりたい」に込められた願い

――お気持ち、分かります。

「でも、そんな不安などおくびにも出さずに、日々、家族のために食事を作り、家事をこなし、時々、医師の奥さま連中とランチをする自分がいて……。

 ただ、自分の心の声を聞くと、やはりK君との8月の逢瀬が待ち遠しくて……」

――そうですよね。あれほど憧れていた彼ですから。

「ありがとうございます。ご存じですか? 北海道の七夕祭りは、七月七日ではなく、1カ月遅れて8月にあるんです」

――北海道の七夕は8月……。

「ええ、彼に逢ったら『私たち、彦星と織姫になりたいわ』って言ってみようかなと思っているんです。年に一度でも彼に逢えれば……そして存分に抱かれれば、私の人生もより充実したものになると感じてしまって……変でしょうか?」

――とんでもない、変じゃありませんよ。

 筆者は純粋にそう答えたものの、通話口から聞こえるE子さんの声が、涙交じりになったのを聞き逃さなかった。

「いきなり電話をしてごめんなさい。K君から連絡があったことだけお伝えしたくて……。気持ちを切り替えて、これから家族の夕食の準備をしなくちゃ。じゃあ、また」

 ◇  ◇  ◇

――通話が切れた。声こそ明るかったが、彼女が鼻をすすったのが分かった。

 禁断の果実を食べてしまったからこそ、予想外の風景が見えてしまう――それは彼女にとって困難な人生になるかもしれない。

 得るものが大きい分、失うものも大きいだろう。

 それでも、筆者は彼女の幸せを祈るばかりだ。

 私は憂いを孕んだ微笑を浮かべる美しいE子さんを夢想した。

蒼井凜花
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官能作家・コラムニスト
CA、モデル、六本木のクラブママの経歴を持つ異色の官能作家。近著に「CA、モデル、六本木の高級クラブママを経た女流官能作家が教える、いつまでも魅力ある女性の秘密」(WAVE出版)、「女唇の伝言」(講談社文庫)。
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